本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。
鉄の腹輪送の分子機構 |
鉄の細胞膜輸送に関連する分子がこの数年の間に次々に同走され,鉄代謝の分子メカニズムの理解が飛躍的に進んだ.従来,鉄はトランスフェリンおよぴトランスフェリン受容体によるエンドサイトーシスによって細胞内へ輸送されると考えられてきたが,消化管吸収においてはトランスポーターが重要な役割を演ずることが明らかになった.1997年に,Feの消化管上皮への取り込みを担う鉄トランスポーター:DMT1/Nramp2(Nature 388,482-488,1997: Nat Genet16,383-386,1997)が単離ざれた. DMTlとNramp2は同一の分子であり(以下DMT1),それぞれ発現クローニングおよび遺伝性貧血マウス(mk mouse)からのポジショナルクローニングによって単離された.DMT1は12回膜貫通型の膜タンパクで,Hとの共輸送によりFeを細胞内に取り込む.DMT1はFeの他に,Zn,Mn,Cu,Coのような2価陽イオンも輸送し,こうした金属イオンの消化管吸収の共通の経路となっている可能性がある.DMT1はヒトにおける鉄過剰症とも関連している,消化管からの過剰な鉄吸収およぴ鉄の組織沈着という病態を示す遺伝性へモクロマトーシスの責任遣伝子(HFE)は既に同定されていたが(Nat Genet13,399-408,1996),HEFそのものは鉄トランスポーターではない. HFEの変異はDMT1の発現の亢進を介して鉄の過剰吸収を生ずるものと推測ざれている.DMT1は消化管での鉄の吸収という機能以外にも鉄代謝と密接な関連をもつ.工ンドサイトーシスにより取り込まれた鉄は,エンドソームから細胞質内に遊離させなければならないが,DMT1はエンドソームからのFeの排出をおこなっていると考えられている.DMT1は脳にも発現しており,神経変性疾患(パーキンソン病)での黒質への鉄の過剰蓄積にも関与している可能性がある.過剰な鉄は活性酸素の産生を促進し,組織障害性をもつ.神経変性疾息でのDMT1の役割は今後の検討課題である.一方,DMT1の単離によってこれまでその機能が未知であった分子の役割が解明された. Nramp1(Cell 73,469-485, 1993)はマクロファージに特異的に発現し,その変異により,結核菌などに対する感染の耐性をマクロファージが獲得するが,Nramp1も金属イオン輸送体であることが示ざれた.鉄が経上皮輸送を受けるためには,消化管上皮細胞内に取り込まれた鉄は,基底側膜から血中に排出されなければならない.この鉄排出ポンプは2000年に2つのグループにより独立に単離され,それぞれferroportin 1(Nature 403,776-781,2000)/Ireg1(Mol Cell 5, 299-309, 2000)と名付けられた(以下ferroportin 1). Ferroportin 1は遺伝的に鉄欠乏をきたすゼブラフィッシュでの責任遣伝子として同定され10回の膜貫通領域を持つ.ferroportin 1は消化管上皮細胞からの鉄の排出,胎盤における母体から胎児への鉄の輸送,マクロファージからの鉄の汲み出しなどをおこなっていると考えられる.DMT1およぴferroportin 1の単離により,上皮細胞への鉄の入り口と出口が明らかになったことになる.鉄トランスポーター以外にも鉄の細胞膜輸送を調節する因子として,鉄の細胞外への排泄に関連するHephaestin(Nat Genet 21,195-199, 1999),鉄の細胞内取り込みを促進するSFT(J Cell Bio1 139, 895-905, 1997)などが同定されている. また,変性疾患であるFriedreich's ataxiaの責任遣伝子として同定されていたfrataxin (Sdence 271,1423-1427, 1996)がミトコンドリアにおいて鉄の輸送を担っていることも明らかになった(Science 276,1709-1712, 1997).このように,解明が遅れていた鉄の膜輸送およぴ代謝に関連する様々な分子が明らかにされた. 今後,鉄代謝のさらなる理解と病態における役割の解析,ざらに薬物のターゲットとしての可能性の追求が期待される. |
東京大・医・附属病院・小児科 関根孝司
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キーワード:鉄,鉄トランスポーター,2価陽イオン |