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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

細胞内活性調節タンパク質のモルヒネ耐性
発現における役割
 

 モルヒネは強力な鎮痛作用を有するが,耐性(tolerance)や依存(dependence)をも引き起こすことはよく知られている.モルヒネの持続投与により薬剤耐性が誘発され,薬物に対する感受性の低下を補うために投与量を増やしていく必要が生じることは周知の事実である.  

従来より,受容体作動薬による受容体の感受性低下,すなわち脱感作現象(desensitization)は,細胞表面における受容体発現レベルの低下に起因するものと説明されているが,特にGタンパク質共役型受容体ファミリーの場合については,Gタンパク質共役型受容体のリン酸化とそれに続く細胞内活性調節タンパク質(β‐アレスチンやダイナミンなど)との結合の結果,受容体の細胞膜内への移行(sequestration)とそれに付随して生じる細胞質内への移動(internalization)が重要とされている(Am J Respir Crit Care Med 158, 146‐153, 1998).したがって,モルヒネの場合についてもβ‐アレスチン等のオピオイド受容体への結合が耐性や依存の形成に重要な役割を演じている可能性が高いものと推察されるが,これら活性調節タンパク質の関与については現在なお不明の点が少なくない.  

アレスチンは現在までに大きく4種類のサブタイプ(visual arrestin,β‐arrestin 1,β‐arrestin 2およびconespecific arrestin)が同定されている.このうち,β‐アレスチン1および2は種々の組織に広く分布しているが,特に中枢神経系において高密度に分布することが知られている.β‐アレスチン1および2は諸種のGタンパク質共役型受容体(例えばα1B‐,β2‐ あるいはM2‐受容体など)刺激に対する細胞応答の減弱に関与するが,サブタイプ間における機能的役割についてはかなり異なることが指摘されている(Proc Natl Acad Sci USA 98, 1601‐1606, 2001).事実,オピオイド受容体に関しても従来よりβ‐アレスチン1がκ‐およびδ‐オピオイド受容体(J Biol Chem 273, 24328‐24333, 1998),β‐アレスチン2がμ‐オピオイド受容体(Science 286, 2495‐2498, 1999)の脱感作にそれぞれ関与するという報告がなされている.一方,ダイナミンについても現在までに大きく3種類のサブタイプ(I,IIおよびIII)が同定されており,そのいずれもが中枢神経系に分布し,Gタンパク質共役型受容体の機能変化に関与していることが報告されている(Proc Natl Acad Sci USA 94, 377‐384, 1997).  

β‐アレスチン1および2遺伝子欠損マウスの作製により,これらタンパク質とGタンパク質共役型受容体間の機能的役割について検討がなされている.β‐アレスチン1遺伝子のホモ欠損マウス(βarr1(‐/‐))では,オピオイド受容体の機能変化には影響は及ぼさず,むしろβ‐アドレナリン受容体作動薬刺激に伴う心機能亢進作用を示した(Circ Res 81, 1021‐1026, 1997).β‐アレスチン2遺伝子のホモ欠損マウス(βarr2(‐/‐))では,モルヒネの疼痛作用発現の耐性発現および依存形成とμ‐オピオイド受容体脱感作との関係について検討されている(Nature 408, 720‐723, 2000).対照群(βarr2(+/+))ではモルヒネの急性および慢性投与のいづれにおいても痛覚鈍麻の耐性の発現が認められたのに対して,βarr2(‐/‐)マウス群ではモルヒネの長期投与によってもμ‐オピオイド受容体の脱感作は生じず,耐性は発現しなかった.しかし,依存マーカーとして汎用されているモルヒネ長期投与により誘発されるアデニル酸シクラーゼ活性の上昇は,βarr2(+/+)マウス群およびβarr2(‐/‐)マウス群のいづれにおいても抑制されなかった.

一方,μ‐オピオイド受容体を介したモルヒネ依存形成時においては,ラット脳内においてダイナミンの過剰発現が生じること(Mol Pharmacol 58, 159‐166, 2000)を考えあわせると,β‐アレスチン2はモルヒネ耐性発現に関与するが,依存発現にはむしろダイナミンが関与している可能性が考えられ,モルヒネによる耐性と依存性の形成機序は異なる可能性が推察される.  

Gタンパク質共役型受容体の情報伝達系の観点より,モルヒネによる耐性と依存性の形成機序は異なる可能性が示されたこと,およびオピオイド受容体非選択的作用薬による各オピオイド受容体の脱感作の発現には異なる調節機構が存在する可能性も指摘されていること(J Biol Chem 272, 27124‐27130, 1997),等を勘案すると,耐性発現や依存形成に対するこれらGタンパク質共役型受容体の機能変化を詳細に明らかにすることは,的確な治療を遂行する上でも重要と考えられ,今後オピオイド受容体サブタイプ間の相互作用の更なる解明が待たれる.

川崎医大・薬理 桂 昌司
e‐mail: mkatsura@med.kawasaki‐m.ac.jp
キーワード:β‐アレスチン,ダイナミン,モルヒネ

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