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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

種々の生理・病理状態下における構成型
COX‐1の誘導

 シクロオキシゲナーゼ(COX)は膜リン脂質から遊離したアラキドン酸をプロスタグランジン(PG)G2という中間体を経てPGH2を産生する酵素であるが,COXにはCOX‐1とCOX‐2という2つのアイソザイムが存在する.その生理的,病理的役割分担が明らかとなり,最近ではCOX‐1のみを選択的に抑制する抗炎症薬,COX‐2のみを選択的に抑制する抗炎症薬が開発され,特にCOX‐2選択的阻害薬は胃障害などの副作用を持たない抗炎症薬として期待されている.

一方,これらアイソザイムの合成調節機序の解明も行われ,COX‐1は構成型酵素,COX‐2は誘導型酵素であることが明らかとなった.さらにグルココルチコイドのPG合成抑制作用機序も,COX‐2遺伝子の誘導抑制およびmRNAの不安定化であることが明らかとなった.しかし,これまでの報告を調べてみると,COX‐1が誘導されたと考えざるを得ない事象がある.

これらCOX‐1が誘導されるのは,細胞分化に伴う場合と種々の刺激に伴う場合とに大別される.細胞分化に伴う事例としては,マウス未分化肥満細胞をc‐kitリガンドで刺激した場合(Murakami M, et al: J Biol Chem 270, 3239‐3246, 1995),白血病細胞をTPAによりマクロファージに分化させた場合(Smith CJ: Biochem Biophys Res Commun 192, 787‐793, 1993),巨核芽球をホルボールエステルであるTPAにより血小板に分化させる過程(Matijevic‐Aleksic N, et al: Biochim Biophys Acta 1269, 167‐175, 1995; Ueda N, et al: Biochim Biophys Acta 1344, 103‐110, 1997)などで認められている.

一方,刺激に対するCOX‐1の誘導現象はヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞にshear stressを加えた場合(Okahara K, et al: Arterioscl Thromb Vasc Biol 18, 1922‐1926, 1998),血管内皮細胞増殖因子(VEGF)を添加した場合(Bryant CE, et al: Life Sci 62, 2195‐2201, 1998),17β‐エストラジオールを添加した際に認められている(Jun SS, et al: J Clin Invest 102, 176‐183, 1998).また,抗Thy‐1抗体を用いた腎炎モデルにおいてもCOX‐1の誘導が認められたが,この発現上昇が認められた場所は血管内皮細胞であった(Hirose S, et al: J Am Soc Nephrol 9, 408‐416, 1998).

このように血管内皮細胞でCOX‐1誘導が認められることが多いが,その理由は明らかとなっていない.最近,我々の研究室ではリウマチ患者から採取した滑膜組織より滑膜細胞を培養し,IL‐1αを添加することによりCOX‐1が誘導されることを見出した.このCOX‐1タンパクの誘導はIL‐1添加後3時間後から認められ,12時間でピークに達する.一方,同細胞におけるCOX‐2誘導は5時間後から認められ,24時間においてもさらに増加していた.

デキサメタゾンの添加により,COX‐2の誘導はほとんど完璧に抑制されたが,COX‐1の誘導に関しては抑制はかかるものの,その抑制率はCOX‐2に比較して軽度であった.しかし,このCOX‐1誘導がIL‐1で認められるのは,リウマチ患者から採取した滑膜組織から培養した滑膜細胞の初代培養(主にマクロファージ様A細胞と樹状細胞様D細胞)に限られており,変形性関節炎患者やコントロールの滑膜細胞(主に繊維芽細胞様B細胞)では,IL‐1αによるCOX‐2誘導は認められるが,COX‐1誘導は認められなかった.  

このCOX‐1の発現に関し,現在までプロモータアッセイを含む解析が行われているが,依然として結論が出ていないのが現状である.COX‐1プロモータ領域の特徴としてはTATA boxが存在しないこと,GC rich領域に富んでいることがあげられる.GC rich領域に結合する転写因子としてはSP‐1~SP‐3やEgr‐1が有名であるが,Egr‐1結合はCOX‐1プロモータでは認められておらず,SP‐1が基本転写に重要であることが明らかとなっている(Xu XM, et al: J Biol Chem 272, 6943‐6950, 1997).  

このSP‐1がCOX‐1の誘導にも関与する可能性は高いが,このSP‐1を介した転写活性の上昇には,1)SP‐1の誘導によるSP‐1量の上昇,2)SP‐1/SP‐3比の増加,3)SP‐1と他の転写因子の相互作用,4)SP‐1タンパクのセリン残基のリン酸化の低下,5)SP‐1タンパクのチロシン残基のリン酸化の上昇などが考えられている.しかし,COX‐1の誘導は,COX‐2誘導と異なり,その誘導がnoneからhighになるのではなくlowからmiddleになる程度なので,その機序が解明されるにはまだ時間が必要であると思われる.また,COX‐1の誘導が生理的に重要な意味を持つかに関しても,分化に伴う発現を除いては明らかとなっておらず,今後の課題であると思われる.

東京医歯大・院・医歯学総合研・分子細胞機能学 
森田育男 e‐mail: morita.cell@tmd.ac.jp
キーワード:シクロオキシゲナーゼ‐1(COX‐1),
シクロオキシゲナーゼ‐2(COX‐2),SP‐1

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