本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。
排尿反射と5‐HT1Aおよびグリシン受容体 |
高齢社会の到来もあって,排尿障害に悩むわが国の患者数は,軽度の失禁も含めると数百万人に昇ると言われる.排尿障害の治療法は運動療法,外科的療法,薬物療法の3つに大別されるが,前2つは高齢者には適用が困難なことが多く,薬物療法が望ましいとされる.しかし,優れた治療薬,特に中枢性の排尿障害(異常)治療薬は未だに開発されていない. 排尿反射に関する研究は,古典的なBarringtonの研究(排尿中枢の発見)以来,地道に続けられ,神経伝達物質受容体のサブタイプやそれらに対する各種リガンドやブロッカーの発見に伴い新しい知見が蓄積しつつある.本稿では,5‐HT1Aおよびグリシン受容体の関与についての最近の知見を紹介する. 5‐HT受容体の排尿反射への関与については古くから知られていた.1990年代に入って,ウレタン麻酔ラットで5‐HT1A受容体アゴニスト8‐OH‐DPATのi.v. 投与,脳室内,脊髄腔内投与は排尿反射を促進し(Lecci et al: J Pharmacol Exp Ther 262, 181‐189, 1992),膀胱への局所投与では促進しないことから,脊髄および上位のレベルでそのサブタイプの5‐HT1A受容体が排尿反射に関与していることが示唆されていた.5‐HT1A受容体は5‐HT‐1B受容体とともに腰髄および仙髄に分布している.しかし,この5‐HT1A受容体が排尿反射経路のどのレベルでこの反射に関与しているのか不明であった. 最近,この受容体の選択的アンタゴニストWAY100635を用いた実験から,5‐HT1A受容体はL6~S1レベルで排尿反射の下降路の緊張性調節に関与することが示唆された(Kakizaki et al: Am J Physiol Integ Comp Physiol 280, R1407‐R1413, 2001).この実験で,WAY100635は麻酔下のラットの頚髄や胸髄腔内へ投与しても排尿反射に影響しなかったが,L6~S1レベルへの投与で,膀胱拡張により発現する律動性膀胱収縮を抑制した.また,橋排尿中枢の電気刺激による膀胱収縮の振幅を抑制した.しかし,骨盤神経刺激により橋吻側部で誘発されるフィールド電位は,WAY100635の静注でも脊髄腔内投与でも抑制されなかった. ところで,非麻酔ラットにおいては,5‐HT1A受容体アゴニストの静注は膀胱容量を増加させ(Testa et al: J Pharmacol Exp Ther 290, 1258‐1269, 1999),この成績は5‐HT1A受容体が排尿反射の上行路にも関与することを示唆する.この違いは麻酔の影響の有無による可能性が考えられる.排尿反射の閾値,膀胱内圧,尿道抵抗,律動性収縮の発現頻度など各成分を解析した我々の麻酔下の実験においても,膀胱内圧は8‐OH‐DPATの静注により著しく低下した.Kakizakiらは,5‐HT1AはL6~S1レベルで外尿道括約筋の緊張の調節にも関与している可能性を示唆しているが,我々も上記の実験において5‐HT1Aリガンドは尿道抵抗を著しく低下させる知見を得ている. 排尿反射は尿の蓄尿と排出からなる一連の反射であり,それぞれに膀胱平滑筋,内尿道括約筋,外尿道括約筋の収縮や弛緩が関与している.従って,排尿障害治療薬の開発に応用するためには,5‐HT1A受容体が排尿反射のどの成分に関与しているのか,さらに検討が必要である.また,脳幹の5‐HT1A受容体は,ペニスの勃起や咳反射への関与も示唆されているので,5‐HT1A受容体がこれらの各機能にどの程度関与するのかについてもさらに検討が必要であろう. グリシン受容体の排尿反射への関与の可能性については1985年にすでに報告がある.その後,報告は途絶えていたが,最近,外尿道括約筋の調節へのグリシン受容体の関与を示唆する報告がなされた(Shefchyk et al: Exp Brain Res 119, 297‐306, 1998).ストリキニーネは膀胱拡張による膀胱の反射性収縮には影響せず,外尿道括約筋支配神経を強く興奮させるという.また,この筋を支配する仙髄Onuf核運動ニューロンの細胞体とその突起部近位にグリシン受容体アンカーであるgephyrinの豊富な存在が証明された. 我々も,グリシンプロドラッグによる排尿反射の促進を見いだしている(Maruyama et al: Jpn J Pharmacol 85, Supp I, 240P, 2001).また,ごく最近,外尿道括約筋支配の陰部神経にグリシン作動性神経が投射しているという組織化学知見も報告された(Judith et al: J Com Neurol 429, 631‐637, 2001).これらの報告は,グリシン受容体が排尿反射,特に外尿道括約筋支配に関与する経路に関与している可能性を示しており,グリシン受容体の生理的機能はこれまであまり知られていないだけに,貴重な知見である. アルツハイマー病などの老年性痴呆症の患者では,しばしば尿失禁などの排尿障害が見られる.今後,上位脳と排尿反射との関わりを含めて,排尿反射に関与すると考えらえる5‐HTやグリシンを含めた各種神経伝達物質受容体が,排尿反射のどの成分に,どこの経路で機能しているのかなど基礎研究の蓄積が望まれる.また,排尿反射経路のどの部分の異常がどのような排尿障害をもたらすのか,各種の排尿異常や障害との関わりを念頭においた研究が必要である. |
熊本大・薬・衛生薬学 高濱和夫,白崎哲哉
e‐mail: takahama@gpo.kumamoto‐u.ac.jp |
キーワード:排尿反射,5‐HT1A受容体,グリシン受容体 |