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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

細胞のストレス耐性と分子シャペロン

 細胞の恒常性に障害を与えるような急激な環境の変化はストレスとして細胞に働き,細胞に2つの選択を迫まる.一方はアポトーシスあるいはネクローシスによる細胞死であり,もう一方は,ストレス抵抗性因子の誘導による生存である.

 カスパーゼはアポトーシスが実行される過程で活性化するシステインプロテアーゼで,現在14のアイソフォームが確認されている.カスパーゼは不活性化型の前駆体として産生されるが,プロセシングによって活性化されると,下流のカスパーゼをプロセシングしてカスケード状に活性化し,最終的に細胞死に関わる基質の分解を行う.虚血や活性酸素,薬物などストレス刺激はミトコンドリアの機能に障害を与え,ミトコンドリアからのチトクロムc漏出を引き起こす.このチトクロムcは,Apaf‐1とカスパーゼ9,ATP/dATPと複合体形成(この複合体をapoptosomeと呼ぶ)をする.apoptosome形成によって活性化されたカスパーゼ9は下流のカスパーゼ3を活性化し,アポトーシスが進行する.

 一方,ストレスに対する抵抗性の原因の一つとして,ストレス応答タンパク質の誘導がある.ストレス応答タンパク質は熱ショックによって誘導されることから発見されたheat shock protein(HSP)が有名で,様々なストレスによって誘導され,多くの分子種が見出されている.HSPはシャペロン機能を有し,新生タンパク質の折りたたみ,変性タンパク質の凝集阻止や巻き戻しによる再生などに関与する.脳虚血や心虚血病巣においてHSPの発現が認められることから,非致死的な一過性の虚血ストレスをあらかじめ負荷しておくと,それに続く致死的な虚血ストレスからニューロンが保護されるという虚血耐性現象が観察された.

このときHSPなどの誘導が見られ,虚血耐性の原因であることが示唆されたものの,HSPなどによるストレス抵抗性は単に分子シャペロンとしてのタンパク質修復作用だけによるものか,さらに積極的な細胞死抑制作用も関わるかどうか不明であった.これに対してHSPが細胞死惹起経路を抑制することが報告され(Mosser DD, et al: Mol Cell Biol 17, 5317‐5327, 1997; Jettel M, et al: EMBO J 21, 6124‐6134, 1998),そのターゲットとなる分子の同定が待たれていた.

 最近,HSPによる細胞死抑制のターゲットがapoptosomeの形成阻害によるカスパーゼの活性化抑制であることが相次いで報告された.すなわちHSP27がチトクロムcと結合するモデル(Bruey JM, et al: Nat Cell Biol 2, 645‐652, 2000),HSP70がApaf‐1と結合するモデル(Beere HM, et al: Nat Cell Biol 2, 469‐475, 2000; Saleh A, et al: Nat Cell Biol 2, 476‐483, 2000),HSP90がApaf‐1と結合するモデル(Pandey P, et al: EMBO J 19, 4310‐4322, 2000)である.これらはいずれもapoptosomeの構成因子であるチトクロムcやApaf‐1と結合し,apoptosomeの形成を阻害してカスパーゼ9の活性化を抑制するという機序である.これらの報告はcell freeのin vitro系実験によるものが多く,in vivo系においては結果は示されていない.

さらに,HSPは定常状態でも発現しており,とくに培養細胞ではそれらの発現量が多いにもかかわらずストレスに対し抵抗性がないことは,HSPの発現量とストレス抵抗性には相関性が無いということも考えられる.これについてBeereらは,定常状態で発現しているHSPは他のタンパク質と結合していてカスパーゼの阻害には働かず,ストレスによって誘導されたHSPが細胞の抵抗性に重要であると推定している.  カスパーゼの阻害の他にHSPのターゲットは多数報告されている.生存のシグナルとして知られるAktの活性化は細胞のストレス抵抗性に関与する.HSP90がAktの脱リン酸化による不活性化を阻害するという報告があり(Sato S, et al: Proc Natl Acad Sci 97, 10832‐10837, 2000),

HSPの抗アポトーシス作用のターゲットはカスパーゼに限らず,広範囲に及ぶと考えられる.一方,逆にアポトーシスの促進に働くHSPも存在し,ミトコンドリア内のカスパーゼ前駆体の成熟をHSP60とHSP10が促進するという,他のHSP作用と矛盾した報告もある(Samali A, et al: EMBO J 18, 2040‐2048, 1999; Xanthoudakis S, et al: EMBO J 18, 2049‐2056, 1999).

 細胞のストレスによる抵抗性の差はカスパーゼなどのアポトーシス実行因子とHSPなどのアポトーシス抵抗性因子の微妙なバランスによって保たれていると考えられる.このバランスを調節することで細胞死をコントロールできる薬物が開発されることを期待したい.

北海道大・院・薬学研究科 金子雅幸
e‐mail: kane@pharm.hokudai.ac.jp  
キーワード:HSP,カスパーゼ,アポトーシス

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