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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

アミロイドβタンパクとニコチン性
アセチルコリン受容体

 アミロイドβタンパク(Aβ)は,それ自身が神経細胞の変性・脱落に直接関与する可能性も含めて,アルツハイマー病(AD)の病態形成の機序を解き明かす重要な鍵として注目されている.最近,Aβ1-42がニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)に高親和性に結合することが明らかとなり,その病態生理学的意義を示唆する知見も蓄積しつつあるので,ここで整理してみたい.

AβがnAChR に結合することが初めて誌上発表されたのは2000年2月のことである.Wang ら(J Biol Chem275, 5626-5632, 2000)は,孤発性AD 患者の海馬・大脳皮質のニューロンや老人斑にAβ1-42とα7型nAChR とが共存すること,AD 脳組織の膜画分においてAβ1-42とα7型nAChR とが安定な複合体を形成していることを示した.またAβ1-42はα7型nAChR を発現させた細胞の膜画分にfM~pM オーダーの親和性で結合し,この結合はα-bungarotoxin によって競合された.

一方,α4β2型nAChRに対するAβ1-42の親和性はα7型と比較して約5000倍低く,NMDA 受容体や5-HT3受容体といった他の受容体チャネルにはAβ1-42は結合しない(J Neurochem 75,1155-1161,2000).Aβの結合はnAChR の機能にどのような影響を及ぼすのであろうか? Pettit らはラット海馬CA1野介在ニューロンにおいて,100nM~2μM のAβ1-42がnAChR 電流応答を濃度依存的に抑制することを示した(J Neurosci21, RC120(1-5), 2001).

これは受容体チャネルに対する直接作用と見られるが,比較的高濃度(2μM)のAβ1-42による抑制はα7型nAChR 応答に対してよりもむしろnon-α7型nAChR に対する方が顕著であった.Liu ら(Proc Natl Acad Sci USA 98,4734-4739,2001)も,Aβ1-42が培養ラット海馬ニューロンにおいてα7型nAChR を介する電流応答を可逆的に抑制する(IC50=7.5nM)ことを報告している.しかし,彼らの検討ではAβ1-42はα-bungarotoxinと競合せず,またnAChR 電流応答に対するAβ1-42の抑制作用も非競合的であり,上述のWang らの成績とは食い違っている.AβがnAChR に対してアゴニストとして働くとする報告もある.

Dineley らは,pM~nM のAβ1-42がマウス海馬切片およびラット培養海馬切片においてα7型nAChRを介して一過性にERK2の活性化を起こすことを示し(J Neurosci 21, 4125-4133, 2001).Aβ1-42とニコチンとの間でERK2活性化のcross-desensitization が起こることも示された.ただしこれらの知見の一部は,脱感作に抵抗性の変異型α7を発現させたマウスの組織を用いて得られたものである点には注意を要する.

また彼らは,変異型アミロイド前駆タンパクを発現させたTg2576マウスの海馬におけるα7型nAChR タンパクの増加,4および13カ月齢時でのERK2リン酸化レベルの増大を示しているが,これもヒトAD 脳においてα7型nAChR タンパクのレベルが減少していることと一致しない.以上,細部において不一致な点も多いが,低濃度のAβがα7型nAChR と相互作用するという点ではいずれの報告も共通している.Aβが特異的に結合する分子としてclass A scavenger receptor やERAB,RAGE などが既に報告されており,Aβによる細胞死の誘導やAβのクリアランスに関与することが示唆されているが,α7型nAChRはこれらとは別の側面からAD の病態形成に関与する可能性がある.

つまり,高いCa2+透過性を示す受容体チャネルであるα7型nAChR へのAβの結合は,様々なCa2+依存性のイベントを制御し得ると考えられる.実際,先述のLiu らは培養海馬ニューロンにニコチンを適用した時に見られる微小興奮性シナプス後電流の頻度の増大がAβ1-42によって抑制されることを示した.またα7型nAChR が学習・記憶に重要な役割を果たすとされる前脳基底部コリン作動性ニューロンに高発現していること,α7型nAChR作用薬や遮断薬が認知・学習行動に影響を与えることが知られる.

コリン作動性神経終末からのACh 遊離はpM~nM のAβによって抑制されることが報告されており,この作用にα7型nAChR が関与する可能性は高い.さらに,AD 患者やTg2576マウスにおいてはニューロンの脱落やアミロイド斑の形成に先行して記銘障害・学習障害が認められることから,Aβのα7型nAChR との相互作用がこれらの障害に関与していることが推測される.上記の一連の話とは別に,α7型nAChR 刺激がAβにより誘発される神経細胞死を抑制するという知見もあり(Ann Neurol 42,159-163,1997; J Biol Chem 276,13541-13546,2001),α7型nAChR はAD の病態形成を制御する上でのターゲットとして注目すべき存在である.

なお,カタツムリのグリア細胞が遊離するACh-binding protein(nAChR の細胞外ドメインと相同性を有するタンパクで,リガンド選択性がα7型nAChR に類似している)の結晶構造を基に,nAChR のリガンド結合ドメインの高次構造が最近明らかにされたことを付記しておく(Nature 411,269-276,2001).

京都大院・薬・薬品作用解析、香月博志、
e-mail: hkatsuki@pharm.kyoto-u.ac.jp
キーワード:アルツハイマー病,学習・記憶,ニコチン受容体

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