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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

ヘモグロビンのスカベンジャー受容体

 出血後,ヘモジデリンを蓄積したマクロファージがよく 観察されることから,このような際にはマクロファージが 血管外に漏出した赤血球そのもの,あるいはハプトグロビ ンと結合したヘモグロビンをマクロファージが取り込み, 処理を行っていると考えられる.

いわゆるスカベンジャー受容体といわれる構造上は互い に大きく異なる一群の細胞表面のタンパクのいくつかは, アポトーシスなどの際にアポトーシス細胞の細胞膜表面に 起きる酸性リン脂質の露出を認識し,これは老化した赤血 球の認識にも関わっているのではないかと考えられている. このような受容体としてはCD36,SR-BI,CD14,LOX-1, CD68,PS レセプターが報告されている.したがって, 老廃物化した赤血球丸ごとを認識する場合にはこれらの受 容体が働いていると考えられる.

一方,溶血して赤血球から放出されたヘモグロビンの処 理については研究が進んでいなかった.血管内でも溶血現 象は起こり,マラリアなどの感染症やある種の自己免疫疾 患で顕著に見られるが,生理的にも恒常的に一定レベルの 溶血が起きている.血液中に放出されたヘモグロビンは速 やかに血漿タンパクのハプトグロビンと結合する.溶血の 亢進時に血漿中のハプトグロビンレベルが低下することか ら,この現象は血漿中からのヘモグロビンのクリアランス と深く関わっていると考えられてきた.

しかし,ヘモグロ ビン・ハプトグロビン複合体がその後どのように処理され るのかは不明であった. Kristiansen らはヘモグロビン・ハプトグロビン複合体 を結合したマトリックスを用いたアフィニティークロマト グラフィーにより膜分画からヘモグロビン・ハプトグロビ ン複合体の受容体の精製に成功した.精製されたタンパク は分子量130kDa で,アミノ酸配列の解析からCD163と して知られていた物質であることがわかった(Nature 409, 198-201,2001).

ヨードラベルしたヘモグロビン・ハプトグロビン複合体 のリガンドブロットと抗CD163抗体によるウエスタンブ ロットの比較から,CD163が主要なヘモグロビン・ハプ トグロビン複合体結合タンパクであることが示された. CD163へのリガンド結合を解析すると,ハプトグロビン やヘモグロビン単独ではCD163への結合は見られず,こ れらが複合体になったときのみ結合が見られた.また,こ の結合はカルシウムの除去やEDTA の添加により阻害さ れることからカルシウム依存性であることが示されている.

結合解離定数は0.2-2nM と極めて低濃度での結合を示す. CD163はscavenger receptor cystein-rich(SRCR)ド メインというスカベンジャー受容体SR-AI の持つ構造と 似たドメインを9回繰り返した構造を持つ.SRCR ドメ インはSR-AI においてはリガンド結合との関連は見出さ れていないが,CD163は細胞外のほとんどがこのドメイ ンにより占められており,この構造によりリガンドを認識 していると考えられる.細胞内ドメインは短いが,リガン ドをエンドサイトーシスし,ライソゾームでの分解を導く. それまでの研究で,リセプターを抗体によりクロスリンク するとチロシンキナーゼによるリン酸化に依存した細胞内 カルシウム濃度の上昇,IP3の産生,サイトカインの分泌 などが起きることが観察されており,何らかの会合タンパ クを介したシグナルトランスダクションがリガンド結合に より引き起こされる事が予想される.

CD163はハプトグロビンやヘムオキシゲナーゼととも に急性期応答タンパクであり,炎症などの際に急速に発現 レベルが上昇する.これらヘモグロビンを処理する一群の タンパク質の発現誘導は,単にヘモグロビンを処理するだ けでなく,シグナルトランスダクションを介した抗炎症性 サイトカインの放出や,ヘムオキシゲナーゼによるCO の 産生などを通じて炎症反応の進行に影響を与えていること が予想される.このような可能性は無論ノックアウトマウ スなどを用いた生体レベルでの検証を待たねばならないが, 生理機能に大きな影響を与えていそうな可能性は十分示唆 されており今後の研究の展開が期待される.

ヘモグロビンの代謝のような最もよく研究されてきた代 謝経路にもまだまだ未知の部分があること,しかもそれが 生体の生理機能に直接関与するような部分がむしろやり残 されていることにはあらためて驚かされた.これまでに積 み重ねられてきた研究を新しい視点から見直してみること の重要性を感じた.

特に,ポストゲノムの時代となって利 用できる情報は飛躍的に増えている.こういったときにinterdisciplinary な視点に立ってどのような新しい切り口 を提示できるのか問われているような気がした.

国立循環器病センター研究所・バイオサイエンス部
沢村達也 e-mail: sawamura@ri.ncvc.go.jp
キーワード:ヘモグロビン,ハプトグロビン,CD163

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