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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

GABA 作動性神経ステロイドallopregnanolone
を介した薬理作用

 ニューロステロイドという用語はBaulieu(Steroid Hormone Regulation of the Brain, Pergamon Press, Oxford,UK, pp 3-14, 1981)が提唱したもので,神経組織で生合成・代謝されるステロイドを意味する.これにはデヒドロエピアンドロステロン,プレグネノロン(PREG),プロゲステロン(PROG),アロプレグナノロン(ALLO)などがある.中でもALLO はGABAA 受容体の強力なポジティブ・アロステリック・モジュレータで,動物に投与すると抗不安・抗痙攣・鎮静等の作用を示すことは80年代後半に既に報告されている.

 しかし脳内在性のALLOの生理学的・薬理学的役割や精神医学的疾患との関連性に関する研究は比較的最近になって進展がみられており,特に幾つかの向精神薬の作用が実際には脳内ALLO を介して発現する可能性がでてきた.最初にその可能性が提唱された薬物に抗うつ薬で選択的セロトニン取り込み阻害薬(SSRI)のフルオキセチンとパロキセチンがある.Guidotti のグループは(Proc NatlAcad Sci USA 93, 12599-12604, 1996)はフルオキセチンを投与した動物では脳内ALLO 量が用量依存的に増加し,またこの増加は副腎と睾丸を切除した動物でも起こることを報告した.

 一方,イミプラミンにはそのような効果はなく,SSRI のパロキセチンはフルオキセチン様の効果を示した.フルオキセチンはうつ病患者や月経前症候群患者等の不安症状に有効であるので,ALLO によるGABA 神経系の促進がフルオキセチンの臨床効果に寄与しうると考えられた.更に同グループはフルオキセチン投与による脳脊髄液中ALLO レベルの変動とうつ症状の改善との関係を検討し(Proc Natl Acad Sci USA 95, 3239-3244, 1998),単極性うつ病患者では薬物投与前のALLO レベルが正常者の約40% 程度に低下していることを示した.

 またフルオキセチン投与を開始すると8-10週間後にはALLO レベルは正常値まで回復し,この回復とうつ症状の改善度とはよく相関したことから脳内ALLO 含量の変動は病態の発現や改善と密接に関連すると考えられる.ALLO 生合成を阻害してALLO 量を減少させたマウス脳スライス標本では皮質錐体細胞のGABAA 受容体応答性が低下していることから(Neuropharmacology 39, 440-448, 2000),正常レベルの内在性ALLO はGABA 神経系の緊張性維持に重要であることが示唆されている.

 従って単極性うつ病患者ではGABA A 受容体機能が低下していると予想され,ALLO レベルが正常化してGABA A 受容体機能が回復することがフルオキセチンの臨床効果の一部に関与する可能性が高い.フルオキセチンとパロキセチンはどのような機序で脳内ALLO レベルを上昇させるのであろうか? Mellon のグループ(Proc Natl Acad Sci USA 96,13512-13517,1999)はALLO 生合成酵素のin vitro 活性に及ぼすSSRI の影響を検討した.

 神経組織でPROG がtype I 5α-reductaseにより5α-dihydroxyprogesterone(5α-DHP)に代謝され,さらに3_-hydroxysteroid oxidoreductase(3α-HSD)で還元されることによりALLO が合成される.5α-DHPとALLO との間の変換反応は可逆的で,5α-DHP からALLO への還元にはNADPH を,ALLO から5α-DHP への酸化にはNADP を必要とする.フルオキセチンとパロキセチンは5α-DHP をALLO に変換する3α-HSD のKm 値を約10~30倍低下させたが,5α-reductase 活性及びALLO を5α-DHP へ変換する3α-HSD 活性には影響しなかった.

 一方,イミプラミンにはそのような効果がみられなかった.これらの結果から,フルオキセチンやパロキセチンには直接,ALLO 生合成酵素系を活性化する作用があることが明らかとなった.一方,アルコールについてもその薬理作用の一部にALLO が介在することが報告された.アルコールはベンゾジアゼピン系薬物類似の抗不安・鎮静催眠・抗痙攣作用を示すが,GABAA 受容体に直接作用するかどうかについては一致した知見がない.

 Morrow らのグループ(J Neurosci20, 1982-1989, 2000)はアルコール投与後の脳内ALLO 量の変化を調べ,GABA 拮抗薬誘発の痙攣を抑制する用量で皮質中のALLO 量が著しく上昇することを示した.しかし5α-reductase 阻害薬でde novo のALLO 合成を阻害するとアルコールによる脳内ALLO 量の上昇も痙攣抑制も抑えられた.アルコールによるALLO 量の上昇と血中PROG 及びコルチコステロンレベルの変化との間には相関性がないことから,脳内ALLO 量に及ぼす効果には特異性があると考えられ,アルコールがALLO を介してGABAA 受容体に作用する可能性が高い.

 今後,脳内ALLO 生合成酵素系に及ぼすアルコールの影響について興味がもたれる.以上のように精神医学的病態と脳内ALLO の関連性ならびに脳内ALLO を介した向精神薬の作用機序が明らかになってくると,今後はALLO 系を標的とした向精神薬の開発も可能であろうと期待される.

富山医薬大・和漢薬研・生物試験 松本欣三
e-mail: mkinzo@ms.toyama-mpu.ac.jp
キーワード:神経ステロイド,GABAA 受容体,
うつ・不安

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