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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

消化性潰瘍の新しい治療方法-遺伝子治療

 消化性潰瘍の修復過程で肉芽組織が形成されるが,質の高い治癒(再発の無い)には成熟した肉芽組織の形成が不可欠であり,それには細胞外基質の秩序だった構築や血管新生が必要である.特に,損傷部位における血管新生は組織へ酸素や栄養を供給し,肉芽組織の形成を促進させる重要な要因である(Am J Physiol 268, G276-G285,1995).

事実,非ステロイド系抗炎症薬(indomethacin)の連続投与により実験潰瘍(酢酸潰瘍)の治癒が遅延するが,その機序として肉芽組織における細胞外基質の異常な増殖,および肉芽組織の収縮の抑制ならびに血管新生の抑制が観察されている(Jpn J Pharmacol 61, 123-131, 1993;Tarnawski1991).血管新生は主としてbFGF(basic fibroblastgrowth factor)やVEGF(vascular endothelial growth factor),angiopoietin-1(Ang-1)により調節される(Am J Physiol 268, G276-G285,1995; Jpn J Pharmacol73,59-71,1997; Oncogene 18,5356-5362,1999).

著者らは,酢酸潰瘍を有する胃粘膜においてVEGF mRNA の発現を,また潰瘍底部に存在する顆粒球および線維芽細胞,潰瘍辺縁部の再生粘膜にVEGF タンパク質の発現を確認した(J Physiol Pharmacol 49, 515-527, 1998).また,外因的に投与したVEGF は急性胃損傷の発生を抑制し,また慢性潰瘍の治癒を促進させる事も報告されている.しかし,bFGF やVEGF は胃腸管内の消化酵素で容易に分解されるので,実際に治療を行う場合,投与方法を考慮する必要がある.

一方,VEGF の過剰な発現は血管腫や血管透過性の亢進を誘起するために,潰瘍の治癒においては治癒初期の短期的かつ適切なVEGF 量の発現が望まれている.Ang-1の血管内皮細胞に対する作用としては,細胞遊走を促進し,アポトーシスを抑制する事が報告されている(Int J Cancer 94, 6-15, 2001).さらにVEGFが血管透過性を亢進するのに対し,Ang-1はVEGF の血管透過性亢進を抑制する.最近,Tarnawski らは完全なrhVEGF165又はrhAng-1のcDNA 組み込みプラスミドを用いて実験潰瘍の治癒に対する影響を報告してい'Gastroenterology 121, 1040-1047, 2001).

彼らはラットに酢酸胃潰瘍を作製し,潰瘍発生日(day0)にVEGF165(100μg)又はAng-1(100μg)組み込みプラスミドを単回(100μll)潰瘍辺縁部の粘膜下に適用し,治癒に対する効果を検討した.対照群にはプラスミド単独を投与した.その結果,潰瘍発生day7迄は潰瘍の治癒に差がなかったが,day14ではVEGF165またはAng-1組み込みプラスミド投与群において潰瘍の治癒は有意に促進した.特にVEGF165組み込みプラスミド投与群では18例中6例(33%)において胃潰瘍は完全に治癒していた.VEGF165またはAng-1組み込みプラスミド投与群ではday7の時点で血管新生が有意に亢進していた.

一方静脈内にVEGF165の中和抗体を投与した群では,VEGF165組み込みプラスミドの投与による血管新生および治癒の促進が抑制された.すなわち,対照群で認められる自然治癒と同程度の治癒状態であった.Day2, day7, day14におけるプラスミド由来のVEGF mRNA およびVEGF タンパク質の発現を検討した結果,mRNA はday2で,タンパク質はday7で発現が確認された.しかし,day14ではmRNA およびタンパク質の発現は確認できず,プラスミドDNA からの発現は一時的なものと考えられた.VEGF165およびAng-1組み込みプラスミドの併用投与群ではVEGF165単独群に比較して潰瘍面積の縮小はほぼ同等であった.

ただし,肉芽組織内の微小血管の発達は単独投与群よりも併用群においてより強く,また成熟していた.つまりVEGF165およびAng-1組み込みプラスミドの併用では,潰瘍治癒の質の向上が確認された.欧米では虚血性疾患の治療法として遺伝子療法が提案されてきており,実際,VEGF やbFGF などの遺伝子を用いた臨床治験が進行している.

Tarnawski らの実験では非ウイルス由来のプラスミドが使用されており,比較的安全に遺伝子導入ができると提案している.VEGF165組み込みプラスミド単独投与でも,VEGF165とAng-1組み込みプラスミドの併用投与でも胃潰瘍の治癒速度には有意差はないが,VEGF は血管新生亢進作用と共に,血管透過性亢進作用も有しており,VEGF 単独では組織に浮腫が生じてくる可能性が推定される.これに対し,VEGF にAng-1を併用する事により,血管透過性の亢進は抑制され,なおかつ潰瘍治癒の質の向上が期待できる.このような遺伝子治療はH2-拮抗薬およびプロトンポンプ阻害薬抵抗性潰瘍,つまり難治性潰瘍,および再発を繰り返す潰瘍などの治療に有用性が期待される.

また,VEGF やAng-1のみならず,TGF_等の粘膜細胞増殖因子の遺伝子注入,COX-1,COX-2などの遺伝子注入により局所的プロスタグランジンの産生も効果を上げる可能性はあろう.

京都薬大・応用薬理 小野敦子, 岡部進
e-mail: okabe@mb.kyoto-phu.ac.jp
キーワード:消化性潰瘍,血管新生,VEGF・Ang-1

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