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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

NSAID によるアミロイドβペプチド42
産生の抑制

 脳での炎症反応の亢進が,アルツハイマー病(AD)の発生において重要なプロセスであることが示唆されている.この考え方を支持する根拠は,1)脳の炎症反応を担う活性化ミクログリアの集積や,サイトカイン等の炎症惹起物質の発現増加というAD 病変部位での変化,2)AD 起因物質と考えられるアミロイドβペプチド(Aβ)が,ミクログリアやマクロファージからの炎症惹起物質産生を促進させるというin vitro での結果,更に,3)非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)を長期に服用しているリウマチ等の患者では,AD 発病のリスクが低いという疫学調査,などである.そのためNSAID が,AD の予防あるいは治療に有効である可能性が生じ,これを検証する数多くの臨床試験が行なわれて来た.

最近報告された痴呆症でない55歳以上の男女6,989人に対する,オランダのグループによる前向き調査では,対象者をイブプロフェン,ナプロキセン,ジフロフェナク等のNSAID の服用期間別に分け,平均6.8年間における各々のAD 発症率が調べられた(N Engl J Med 345, 1515-1521, 2001).その結果,NSAID服用期間が1カ月未満の群では,非服用者と比べAD 発症率に大きな差がなかったが,1カ月以上,2年間以上と服用期間が長くなるほどその発症率は低下した.このNSAID 長期服用によるAD 発症率の低下は,先行する米国での臨床調査(Neurology 48, 626-632, 1997)と一致する.

しかし,NSAID のAD の症状改善あるいは進行抑制といった治療効果については,インドメタシンが有効性を示すという報告(Neurology 43, 1609-1611, 1993)があるが,ジクロフェナクやヒドロキシクロロキンでは効果が見られない(Neurology 53,197-201,1999; Lancet 358,455-460, 2001)など,同類のNSAID でも薬物により結果は一致していない.このNSAID の治療効果に関する結果の差異については,多くの議論を呼ぶ点であったが,未だこの原因は明確でない.

しかし昨秋,この治療効果の差異についての疑問に一つのヒントを与える報告がなされた.一部のNSAID が,抗炎症作用発現に必要なシクロオキシゲナーゼ(COX)活性抑制とは異なる機構により,アミロイドβ42ペプチド(Aβ42)の産生を抑制するというWeggenらの実験結果である(Nature 414,212-216,2001).Aβは,アミロイド前駆タンパク(APP)がγ-セクレターゼと呼ばれる分解酵素によるプロセシングで生じる40または42アミノ酸からなるペプチドである.このうちAβ42は,疎水性が高く凝集しやすい性質を持ち,in vitroで細胞傷害性を示す.また老人斑形成時にはこのAβ42蓄積が核となり,他のAβ凝集を引き起こすと考えられている.

そのためAβ42はAβ分子種の中で,最もAD 発症との関連が強いとされる.本報告で彼等は,外因性のAPPを発現させた細胞を種々のNSAID で処置し,培養上清中に放出されるAβ42と他のAβの量を測定した.そして用いた薬物のうち,スリンダク,イブプロフェンおよびインドメタシンは,APP 合成能や他のAβ分子種の減少を起こすことなく特異的にAβ42の遊離量を減少させることを見い出した.そしてこのAβ42減少がアスピリン,ナプロキセン,セレボキシブ等のNSAID では生じないこと,スリンダクによるAβ42減少がCOX を欠損させた細胞でも観察されることから,このAβ42への作用はCOX 抑制とは異なる機構であると結論した.更に,変異型APP を導入し脳内にAβの蓄積を引き起こすAD モデルマウスに対して,in vitro での結果と同様,イブプロフェンは脳内Aβ42量の減少を起こす一方,ナプロキセンにその作用はなかった.

既に「Aβ42産生の抑制」というストラテジーに基づいたAD 治療薬として,γ-セクレターゼ阻害薬が注目されている.しかし,γ-セクレターゼ活性は細胞分化を調節するNotch を介するシグナル伝達にも関わり,この阻害が大きな副作用をもたらす危険性が指摘されている(Nature 398,518-522,1999; Proc Natl Acad Sci USA98,7487-7491,2001).一方,これらNSAID は,Notch の切断には影響せず,γ-セクレターゼ阻害薬とは異なる機構でAβ42減少作用を現すと考えられた.

前出の報告でも述べられているとおり,一部のNSAIDが抗炎症作用の他にAβの減少作用を持つという結果は,AD の発生における炎症反応の関与を否定するものではない.しかし,NSAID に見い出された新たな薬理作用は,これまでの臨床試験におけるNSAID のAD 治療効果の差異を説明するだけでなく,COX やγ-セクレターゼを阻害しない新世代「anti-amyloid drug」の創製の可能性を示すものであろう.

今後,既存のNSAID を原形として新たなAD 治療薬が開発されることに期待したい.

大阪大・院・薬・複合薬物動態学 小山 豊
e-mail: koyama@phs.osaka-u.ac.jp
キーワード:アルツハイマー病,NSAID,アミロイドβペプチド

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