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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

ブラジキニン受容体とヘテロ二量体化による
アンジオテンシン受容体の機能亢進

 ここ十数年の間分子クローニングの技法が一般の研究室においても盛んに活用され,多数の受容体が同定されている.7回膜貫通型受容体は,細胞膜の細胞質側に局在するα,β,γサブユニットから構成されるヘテロ三量体のGタンパク質を活性化し,細胞外シグナルを細胞内へと伝達する.ヒトでは7回膜貫通型受容体はおよそ1000種に及び,ホルモン,神経伝達物質,オータコイド,匂い,フォトンなどそれぞれに特異的に反応する.1990年代後半に入り,EGF 受容体やPDGF 受容体のように単量体ではなくてホモ二量体や多量体として機能する新しい概念が,例えばβ2アドレナリン,mGluR5,δ-opioid,M3ムスカリン受容体といったG タンパク質共役型受容体(GPCRs)で示されてきた(Nature Rev Neurosci 2, 274-286, 2001).

引き続いてGABAB のアイソフォームであるGABAB R1とGABAB R2がヘテロ二量体を形成し,GABA 結合後に細胞内シグナルを伝達することが報告されている.一方アンジオテンシンII(Ang II)の受容体であるタイプ1Ang II(AT1)受容体が,降圧物質であるブラジキニン(BK)のB2受容体とヘテロ二量体を形成し,受容体レベルでクロストークする可能性が示唆された(Nature 407, 94-98, 2000).昇圧物質であるAng II はAT1受容体への結合を介して血管の収縮性と血圧を調節する一方で,BK は降圧物質であり,Ang II と機能的に拮抗する.AbdAllaらはラット腸間膜平滑筋細胞A10を材料として,BK抗体またはB2受容体抗体を用いてB2受容体と共に免疫沈降する高分子量タンパク質があることを確認し,そのタンパク質がB2受容体抗体およびAT1受容体抗体の両者と反応することをウエスタンブロットで示した.

さらにAT1受容体とB2受容体を共発現させた細胞において,ジスルフィド結合で架橋されたヘテロ二量体化が起こり,その割合はB2受容体の発現数を増やすことにより上昇した.またAT1/B2受容体ヘテロ二量体化に伴う受容体機能は,幾つかの点で変化する.すなわちB2受容体のアゴニストによるホモ二量体化は,B2受容体の脱感作や細胞膜上から細胞内への移行・消失を引き起こす.しかしAT1/B2受容体ヘテロ二量体は,dynamin 依存的なエンドサイトーシスで細胞質内在化を示す.またAT1/B2両受容体の共発現細胞をAng II で刺激すると,G_i またはG_q タンパクの活性化とイノシトールリン酸の生成が増大される.

この時Ang II のefficacy とpotency の上昇が観察される.このように相反する生物活性を示す2つの血管作動性オータコイド受容体のヘテロ二量体形成が引き金となり,Ang IIの細胞内シグナル伝達が増強される現象は,AT1受容体とB2受容体が生体では,平滑筋,腎臓など幾つかの組織で共に発現していることを考え合わせ,AT1/B2受容体ヘテロ二量体としてのbiotransformation による機能は興味深い.最近ヒトの疾患でAT1/B2受容体ヘテロ二量体化が調べられ,その意義が論じられた(Nature Med 7, 1003-1009,2001).子癇前症は浮腫,頭痛,タンパク尿そして血圧上昇を随伴する妊娠女性の中毒症状である.

発展途上国では3-10% の頻度で母体の致死を招く.Ang II に対する感受性の亢進が子癇前症の診断基準の一つとして考えられているが,Ang II の循環中レベルやAT1受容体数とは相関せず,その感受性亢進の機構は不明である.妊娠20週以降で高血圧の診断を受けた子癇前症患者と,正常血圧の同年代妊娠女性の間で比較がなされた.その結果子癇前症患者の血小板や腸網膜血管で,AT1受容体量は正常血圧の妊娠女性と差を認めなかったものの,B2受容体量は約4-5倍増加しており,AT1/B2受容体ヘテロ二量体を認めた.

また子癇前症患者の血小板をAng II で刺激すると動員されるCa2+濃度は正常血圧妊娠女性よりも1.7-1.9倍高く,腸網膜血管ではG_q/11の活性化を引き起こし,AT1/B2受容体ヘテロ二量体の形成は,Ang II のシグナリングを増強している.このシグナリング増強には,B2受容体膜ドメインIII とIV の間のループが関わる.さらにAT1受容体は酸化的ストレスを被るとそのシグナリングが減弱するが,AT1/B2受容体のヘテロ二量体は活性酸素に対して抵抗性を獲得する.このようにヘテロ二量体の形成はAng IIに対する反応性を増強し,その病因の一端を担っていることが推定される.

今後ヒト疾患においてGPCRs のヘテロ二量体化の実証が増せば,受容体機能修飾と病態における意義がさらに明確になることであろう.同時にヘテロ二量体化の構成に必須な機能ドメインが同定され,その部位特異的な阻害物質の開発は,GPCRs ヘテロ二量体化の関わる疾患に対する治療へ展開される可能性を示唆する.

北里大・医・薬理 林 泉
e-mail: hayashii@med.kitasato-u.ac.jp
キーワード:ブラジキニン受容体,アンジオテンシン受容体,
G タンパク質共役型受容体

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