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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

腎内アンジオテンシンII 産生とAT1
受容体の新たな機能

 腎臓にはアンジオテンシンII が高濃度で存在しており,これが単なる血漿中から腎臓へのアンジオテンシンII の移行だけでは説明がつかないことから,アンジオテンシンII は腎臓局所で産生されていると考えられてきた.事実,アンジオテンシンII の産生に必要なすべてのコンポーネントは腎臓に存在していることが証明されている(Contrib Nephrol 135, 11, 2001).また,血行動態を介さない腎臓局所で産生されるアンジオテンシンII が,各種腎症あるいは高血圧の進展に深く関与しているという概念も,最近になってようやく定着してきた.実際に筆者らも,マイクロダイアリシス法(Circ Res 86, 656, 2000;Hypertension 37, 753,2001)を用いた実験にて,アンジオテンシンII は腎間質中に血漿中の数十倍の高濃度で存在しており,全身のレニン・アンジオテンシン(RA)系とは完全に独立して機能していることを明らかにしている(FASEB J, 15, A147, 2001;Hypertension 39, 129, 2002).

すなわち,血漿中レニンおよびアンジオテンシンII 濃度が減少している病態においても,腎内局所RA 系の活性は必ずしも低下しているとは限らないのである.しかもアンジオテンシンII は,それ自体が強力な血管収縮物質であるが,その他にも腎臓局所においては,1)ナトリウム貯留,2)尿細管糸球体フィードバック反応の増強,3)Mitogen-activated protein kinase を介した糸球体・間質病変の進展など,様々な作用を有していることが知られている.さらに最近の研究により,アンジオテンシンII がAT1受容体を介して活性酸素を産生させることが明らかとなってきた(Hypertension 37, 77, 2001;Hypertension39, 293, 2002).

したがって,各種腎症の病態把握においては,腎局所RA 系を的確に評価することが重要であると考えられる.例えば筆者らは最近,食塩感受性高血圧ラットでは,血漿中レニンおよびアンジオテンシンII 濃度は正常ラットと比較して著明に減少しているものの,腎臓内では局所アンジオテンシノージェンの発現亢進に伴って維持されていることを報告した(FASEB J 16, A148, 2002A).しかも,食塩耐性ラットでは高食塩の負荷により腎組織中AT1受容体のタンパク発現が減少するのに反し,食塩感受性高血圧ラットでは食塩負荷によるAT1受容体のdown regulation が認められなかった(Jpn J Pharmacol 88, Suppl, 206P).

このように,食塩感受性高血圧ラットでは腎臓局所のRA 系が正常に制御されておらず,腎内RA 系の制御破綻が腎症の進展に深く関与していると想定される.一方,アンジオテンシンII 依存性高血圧症では,腎臓内のアンジオテンシンII 濃度が著明に上昇することが知られている(J Renin-Angioten-Aldosterone Syst 2, S176, 2001).我々は,この腎内アンジオテンシンII 濃度の上昇は,1)AT1受容体を介した近位尿細管細胞でのアンジオテンシノージェンの発現亢進による腎臓内でのアンジオテンシンII 産生上昇と,2)AT1受容体を介したアンジオテンシンII の腎臓内への取り込み(receptor-mediated internalization)の亢進,の2つのメカニズムによるものであると想定している(Hypertension 39, 316, 2002).最近,アンジオテンシンII 持続投与高血圧ラットにおいて,実際に腎内局所アンジオテンシノージェンがメッセンジャーレベルあるいはタンパクレベルで発現が上昇していることを確認した(Hypertension 37, 1329, 2001;J Am SocNephrol 12, 431, 2001).

また,同モデルラットにおいて,近位尿細管細胞のendosome へのアンジオテンシンII の取り込みが亢進しており,AT1受容体拮抗薬の投与によりこれが阻害されることも証明している(Hypertension 39, 116, 2002).興味深いことには,腎間質中アンジオテンシンII 濃度もアンジオテンシンII 持続投与高血圧ラットにおいて上昇しており(J Am Soc Nephrol 12, 574A, 2001),AT1受容体の阻害により正常血圧ラットのレベルにまで減少することが観察された(2002 国際高血圧学会にて発表予定).これら筆者らの実験結果は,アンジオテンシンII 依存性高血圧症では,近位尿細管細胞においてAT1受容体を介したアンジオテンシンII 産生およびアンジオテンシンII の細胞内への取り込みが亢進しており,少なくともこれらの一部が腎間質中に遊離され,腎微小血管の収縮や間質障害を生じている可能性を示唆するものである.

強調すべきことは,AT1受容体拮抗薬の投与により,これら腎臓におけるアンジオテンシンII 濃度の上昇プロセスは,完全に阻害されるという点である.すなわち,AT1受容体拮抗薬はアンジオテンシンII の様々な作用を阻害するのみならず,腎臓においてはアンジオテンシンII の濃度自体も減少させるのである.一方で,AT1受容体拮抗薬を投与した際に,アンジオテンシンII がAT2受容体の活性化を介した腎臓局所の一酸化窒素の産生を引き起こし(Jpn J Pharmacol. in press, 2002),これが腎保護に重要な役割を果たしているとの報告もある.このように,AT1受容体拮抗薬は数多くのユニークな薬理作用を有しており,各種腎症における腎保護薬として最近注目を集めているのである.

特に,The Reduction in End Points in NIDDM with the Angiotensin II Antagonist Losartan(RENAAL)を始めとした最近の臨床研究によって,AT1受容体拮抗薬のII 型糖尿病性腎症に対する効果が報告されており,今後は動物実験などによりその詳細な薬理作用的機序が解明されることが期待される.

香川医大・薬理西山成,e-mail: akira@kms.ac.jp
キーワード:アンジオテンシンII,AT1受容体

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