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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

血管内皮成長因子の標的組織特異性の意義
:EG-VEGF の同定

 腫瘍新生,生殖機能,胎児発育などの増殖過程は,新生血管の形成と成長に依存する.血管成長因子の研究で,血管内皮成長因子vascular endothelial growth factor(VEGF)とFlt-1やKDR/Flk-1受容体,そしてアンジオポエチンとTie2受容体などが注目されてきた.それらは体内で広範囲に分布し,正常そして異常な種々の環境で協調し,内皮細胞の増殖と血管壁の構築に関わる(Nature 407, 242-248, 2000).

VEGF は全身の血管系にほぼ共通して内皮細胞の増殖と分化を誘導する.一方VEGF を不活化すると黄体形成の劇的な抑制を生じるが,卵胞形成に関わる内皮細胞の成長は影響を受けない.これは卵胞における血管新生にVEGF 以外の因子が関与することを示唆する.内皮細胞の増殖と分化の組織特異的調節は,異なる器官の内皮細胞がそれぞれの局所に適合するために必須であり,その結果細胞の形態と機能は多様性を提示する.内皮細胞の表現型は遺伝的に決定されるが,血管床特異的な遺伝子セットの発現は局所特有のシグナルとの相互作用で,転写レベルで調節される.その主体を担うのは各組織独自のストローマや内胚葉であると推定されるが,調節機構の実体は不明である(Science 294,530-531, 2001).

LeCouter らは内分泌腺の内皮細胞に対して選択的な内分泌腺由来血管成長因子endocrine-gland-derived vascular endothelial growth factor(EG-VEGF)を同定した(Nature 412,).初代ウシ副腎皮質由来毛細血管内皮細胞の増殖誘導能を指標に精製ヒト分泌タンパクのライブラリーをスクリーニングしたところ,bFGF やVEGF 以外の増殖因子としてEG-VEGF を見い出した.そのcDNA がLifeseq EST データベースから同定され,ヒト卵巣cDNA ライブラリーからクローン化された.EGVEGFcDNA は約1.4 kb の大きさで,シグナル配列を含む105アミノ酸からなり,成熟型は10個のシステインを含む86アミノ酸であると推定される.EG-VEGF はVEGF ファミリーと構造的相同性を示さず,黒マンバ蛇毒VPRA やセグロヒキガエルのペプチドBv8などと高い相同性を持つ.

VEGF などの血管新生因子はヘパリン硫酸プロテオグリカンのような細胞外基質と相互作用し,生物学的利用効率や活性を調節すると考えられるが,EG-VEGFもまたヘパリン結合性成長因子である.EG-VEGFはマウス内分泌性膵臓の微小血管から単離されたMS-1細胞やACE 細胞の増殖や遊走を10-10M で促進するが,ヒト臍帯静脈,ヒト皮膚微小血管,ウシ脳毛細血管,ウシ大動脈内皮細胞や,血管平滑筋細胞,周細胞,線維芽細胞,表皮細胞にはVEGF と異なり作用しない.

内分泌腺の微小血管内皮は血流で運搬される液体や小分子に対して高度の透過性を保ち,恒常性の変化に応じた急速なホルモンの遊離に対応する.その高い透過性の特徴は,fenestrae(透過窓)と呼ばれる構造であり,ステロイド産生内分泌線や膵ランゲルハンス島のように,間質液と血漿の間で物質交換を増強する.EG-VEGF は開窓化をVEGF と相加的に誘導する.EG-VEGF の内分泌腺内皮細胞への極めて高い選択性はVEGF とは異なるが,その生物活性は極めて類似し,また発現誘導もVEGF 同様低酸素状態で増強される.EG-VEGF 遺伝子の上流域に低酸素誘導因子(HIF-1)結合部位に対するプロモーター配列が認められる.これは生理学的また病態時におけるEG-VEGF の主要な誘導因子が低酸素環境である可能性を示唆する.一方EG-VEGFmRNA の発現はRNA アレイで,卵巣,精巣,副腎,そして胎盤で認め,前立腺での弱いシグナルを除けば,他の組織では認められない.

すなわちステロイド産生内分泌腺がEG-VEGF mRNA の主要な発現部位である.さらにEG-VEGF cDNA を組み込んだアデノウイルスベクターを骨格筋に投与し,そのタンパクの産生は認められるにもかかわらず,肉芽組織の形成や血管新生を引き起こさず,その組織特異性を証明している.現在EG-VEGF 受容体は報告されていないが,ACE 細胞でEG-VEGF はp44/42MAPK のリン酸化を生じ,その作用はPD98059や百日咳毒素で遮断され,この時EG-VEGF の増殖促進や遊走能の抑制を伴う(J Biol Chem 277,8724-8729,2002).従ってEG-VEGF のシグナル伝達にはG タンパク質共役型受容体を介したMAPK p42/44の活性化とphosphatidylinositol 3-kinase シグナルの経路が媒介すると推定される.VEGF 抗体や可溶性VEGF 受容体による抗血管新生療法が様々な疾患で議論されているが,VEGF の作用が非選択的であるが故に供給血液量の減少に伴う心疾患や神経変性の危険性が指摘される(Nature 412, 868-869, 2001).

一方で組織特異的に作用するEG-VEGF を介した治療は,他の器官に対して有害反応の少ないことが想像される.また内皮細胞の生育と分化の組織特異的調節に基づくEG-VEGFの役割は,血管内皮の生物学へさらに深い洞察を与える意義を含むと思われる.

北里大・医・薬理 林 泉
e-mail: hayashii@med.kitastao-u.ac.jp
キーワード:EG-VEGF,血管新生,内分泌腺内皮細胞

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