アーカイブ

本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

うま味の受容体

 ヒトは,味覚によって食物の性質や質の良し悪しに関する情報を得ており,糖や塩,酸といった多岐にわたる化学物質に対応することができる.味噌汁に含まれているだしのうま味成分として知られているグルタミン酸ナトリウムは,アミノ酸の一種である.私たちはこの味を「舌鼓を打つ味」と称し味噌汁を食生活の中にとり入れてきた.

しかしつい最近までグルタミン酸ナトリウムがどのようなメカニズムで「うま味」として私達が感知しているか詳細は明らかではなかった.最近うま味を感じる分子機構についての知見が集積しつつあるので紹介する.日常経験する数多くの味の感覚は,少数の基本となる味,塩味salty,酸味sour,甘味sweet,苦味bitter の基本味の混合によって生じるとされ,これらを4基本味basictaste という.最近これら4基本味以外にうま味umamiが国際的に認知されている.現在のところ塩味salty,酸味sour は,味細胞の近位側の細胞膜上に発現するいくつかのチャネルにより感知されていると言われている.

一方,甘味sweet,苦味bitter,うま味umami の感知にはG タンパク共役型受容体を介するシグナル伝達が重要であることが以前より知られていたが,1999年Zukerらは,味細胞(taste cell)において選択的に発現する遺伝子を,非味細胞(non-taste cell)とのsubtraction により同定し,そのうちG タンパク共役型受容体と思われる分子を見出した(T1R1,T1R2,T1R3).しかしこれらの分子がどのような味の感覚を感知するか当時は明らかではなかった.その後,さらに苦味bitter を感知する受容体としてT2Rがクローニングされた.

この受容体はG15_と共役しておりホスホリパーゼCβにシグナルを伝えることにより,細胞内カルシウムの上昇を引き起こすことが明らかとなっている.またT2R はgustducin とも共役し,gustducin のβγサブユニット(Gβ3,Gγ13)を介しホスホリパーゼCβを活性化し細胞内カルシウムを上昇させることが明らかとなっている.Zuker らは,甘味sweet の感知には,T1R2とT1R3がヘテロダイマーを形成し,甘味sweet の受容体として働くことから(Cell 106, 381-390, August 1, 2001),うま味を感知する受容体も甘味の受容体と同様ヘテロダイマーとして働く可能性を考えた.

実際,免疫沈降にてT1R1とT1R3がヘテロダイマーを形成する.またT1R は,metabotropicglutamate receptor(mGluRs)やGABA receptor(γ-aminobutyric acid; GABA-B receptors)やargininereceptor(R5-24 receptor)などのアミノ酸を認識するGタンパク共役型受容体と構造上似ていることが知られている.これらのことからZuker らはT1R1とT1R3の共発現細胞を作成し,アミノ酸を作用させたときの細胞内カルシウム濃度を指標として,アミノ酸がリガンドになりうるかを検討した.T1R1とT1R3の共発現細胞では,標準的アミノ酸の多くがリガンドとなりうることが明らかとなった.またL-アミノ酸はリガンドとなるが,鏡像異性体であるD-アミノ酸はリガンドとならないことが明らかとなった.

これらの受容体一次構造の種差は大きく,また,うま味の感覚そのものも種によって異なるようであるが,ヒトにおいてうま味の成分として知られているグルタミン酸ナトリウムは他のアミノ酸(アラニン,セリン)に比べ10~30倍程度ヒトT1R1/T1R3に対する親和性が高い.またアミノ酸に対する味覚の反応を増強することが知られているinosine monophosphate により感度が上昇した.これらのことからT1R1/T1R3複合体がうま味を感知する受容体そのものあるいはその一部であると考えられた(Nature416,199-202,2002).

なお,最近metabotropic glutamate receptor(mGluR4)のsplice variant の味蕾での発現が報告され,うま味受容体としてはたらく可能性が示唆されているが(Nature Neurosci 3,113-119,2000),現在のところ詳細は不明である.最近,味覚のほかにも痛覚受容体,熱感覚受容体,冷感覚受容体等が相次いでクローニングされ,既に明らかとなっている視覚,嗅覚とともに「五感」の入り口の部分が分子レベルで解明されつつある.今後はこれらの分子情報を元にした薬物,人工調味料により,ヒトの「感覚」が自在に制御されるようになっていくのかもしれない.いろんな意味で我々の感覚に訴える発見ではないだろうか.

国立循環器病センター桜井華奈子,沢村達也 
e-mail:t-sawamura@umin.ac.jp
キーワード:味覚,うま味,アミノ酸受容体

最近の話題 メニュー へ戻る

 

 

 

このページの先頭へ