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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

磁気と神経

 磁場は,磁石や地球地磁気などによる定常磁場と,交流電流から発生する変動磁場の大きく2つに分けることができる.変動磁場については,高圧電線付近に住む幼少児では,白血病の発生率が2~3倍に増加するという疫学的調査結果(Wertheimer et al: Am J Epidemiol 109, 273-284,1979)が発表されて以来,生体への影響についての関心が高まっている(Lacy-Hulbert et al: FASEB J 12,395-420,1998).

さらに,携帯電話の普及などによって磁場に曝される機会が増えるにつれて,変動磁場による悪影響が近年懸念されているが,これに対して磁場曝露の疾患治療効果を期待させる報告例も少なくない.例えば,精神科領域では長年電気けいれん療法(ECT: electroconvulsive therapy)が行われてきたが,最近ではより安全でかつ簡便な非侵襲的代替療法として,磁場を応用した反復性経頭蓋磁気刺激法(rTMS: repetitive transcranial magnetic stimulation)の有効性が,多くの臨床的研究で示されている(Speer et al: Biol Psychiatry 48,1133-1141, 2000).

特に,難治性うつ病,強迫性障害,あるいは統合失調症(精神分裂病)等の患者で,磁場刺激による症状改善例報告があること(Wassermann et al: Clin Neurophysiol 112,1367-1377, 2001)は興味深い.rTMS は,磁気刺激装置による変動磁場発生によって,生体内に二次的に発生する渦電流を通じて,生体内の神経組織を刺激すると考えられる.

これらrTMS の効果に関する動物実験で注目されるのが,サーカディアンリズムとの関係である.in situ ハイブリダイゼーション法と免疫組織化学法を用いて,rTMS 刺激後には視床室傍核,交叉槽核,および視床下部室傍核等に特異的なc-fos 発現が確認されている(Ji et al: Proc NatlAcad Sci USA 95, 15635-15640, 1998).

また,数週間のrTMS 処置終了後,ラット頭頂部皮質特定細胞層の神経細胞と,海馬にわずかに存在するscattered 神経細胞双方において,転写因子c-fos 発現の著しい増加が見られるが,これらの活性化は何れもNMDA アンタゴニストMK-801によって阻害されない(Hausmann et al: Mol Brain Res76, 355-362, 2000).したがって,rTMS のうつ病改善効果は,ECS や急性経頭蓋磁気刺激後におこるグルタミン酸放出に起因するのではなく,むしろ内在性,あるいはrTMS 固有メカニズムに由来する可能性が指摘されている.

また,うつ病患者に対するrTMS の施行に伴い,脳内特定部位の脳血流量変動が観察される(Conca: Neuropsychobiology45, 27-31, 2002).これらrTMS 刺激後に変化が見られる脳内領域と,精神神経疾患の発症関連部位との高い相関性を示す報告が相次いでいる(Paus: Eur J Neurosci14,1405-1411,2001).

一方,定常磁場の生体への影響に関しては,今までは殆ど著明な研究進展が見られなかったが,MRI 等の医療装置や,核磁気共鳴(NMR)装置等の分析機器の発達と普及により,強力な定常磁場に曝露される機会が増え,その人体への影響を無視することはできなくなっている.生体レベルでは,磁場曝露の影響に関する一定見解が少なく,磁場曝露に伴う異常現象を確認するに至っていない.

しかしながら,磁気治療器具等が繁用されるように,磁気が健康科学面から応用される例は数多く認められる.この磁気治療効果について,その要因を科学的に解明した例は少ないが,最近の実験報告から類推すると,腫瘍の成長抑制(Tofani et al: Bioelectromagnetics 22,419-428,2001)や,リンパ球細胞のアポトーシス抑制(Fanelli et al: FASEBJ 13, 95-102, 1999)など,定常磁場の細胞レベルでの直接的影響は十分に窺える.

我々は,初代培養神経細胞を持続的な定常磁場曝露環境下で培養した場合,細胞の分化成熟過程に明らかな影響が見られることを見出した.さらに,短時間磁場曝露によっても転写制御因子AP1の誘導が確認できること(Hirai et al: BBRC 292,200-207,2002)などは,磁場の神経細胞への直接的な作用メカニズムの存在を彷彿とさせる.上記のような磁気照射と抗うつ作用との相関性を考えたとき,神経薬理学的なアプローチによる磁場刺激固有の神経細胞内シグナリングメカニズムの追究は可能となるかもしれない.

これら磁場シグナルの解明が,数多くの精神神経疾患発症メカニズム解明や,ひいては治療応用につながる糸口となることを期待したい.

金沢大・院・自然科学研究科・薬物 平居貴生,米田幸雄 yyoneda@mail.p.kanazawa-u.ac.jp
キーワード:経頭蓋磁気刺激法,精神神経疾患,
遺伝子転写制御

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