本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。
心血管系の再生医学 |
閉塞性動脈硬化症に対するVEGF(vascular endothelialgrowth factor)の遺伝子治療が1995年にIsner らにより発表されて以来(Circulation 91, 2687-2692, 1995),血管新生に対して色々のサイトカインや増殖因子を使った試みがなされてきた.一方で,Isner のグループのAsaharaらは末梢血液中に骨髄由来の血管になる前駆細胞が存在し,この血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cell)が血管形成部位に集積し血管新生を起こすことを明らかにした(Science 275, 964-967, 1997). その結果,血管新生には種々のサイトカインや増殖因子と共に血管を構築する幹細胞が必要であることが明らかとなった.骨髄は血球成分となる前駆細胞である造血幹細胞と,骨髄間質細胞から成っている.骨髄間質細胞には間葉系組織(血管,筋肉,脂肪,骨,軟骨など)に分化する間葉系幹細胞が含まれることが古くから知られており(Science 276, 71-74, 1997),この間葉系幹細胞は幹細胞としての性質である自己複製能と多分化能を備えている. この骨髄由来の幹細胞を取り出し利用することにより心筋梗塞などにより損傷した心筋や血管網を再生し,心臓の機能を改善することが試みられている.Orlic らは骨髄間質細胞からT リンパ球(CD4,CD8),B リンパ球(B-220),マクロファージ(Mac-1),顆粒球(GR-1),赤血球(TER-119)に発現している細胞表面抗原を持たないlineage-negative でc-kit positive な細胞(Lin- c-kitPOS 細胞)を採集した.心筋梗塞作成後に梗塞周辺部位の心筋にLin- c-kitPOS 細胞を注入した.EGFP(enhanced green fluorescent protein)とY 染色体にて識別した結果,移植9日後には梗塞巣の68% をLinc-kitPOS 細胞由来の細胞が占めていた. 梗塞巣でのLinc-kitPOS 細胞は心筋細胞,血管内皮細胞,平滑筋細胞などへの分化が観察された.また,心筋細胞では細胞質タンパクとしてCardiac myosin,_-srcomeric actin,Connexin43を,転写因子のCsx/Nkx2.5,MEF2(myocyte enhancerfactor 2),GATA-4を発現していた.さらに,左室拡張終期圧(LVDP)とLV±dp/dt とにより心室機能が改善されることを示した(Nature 410, 701-705, 2001; Proc Natl Acad Sci USA 98, 10344-10349, 2001; Ann N Y Acad Sci 938, 221-229, 2001). 造血幹細胞や血管内皮前駆細胞にCD34は発現している.Kocher らは,CD34+陽性細胞(90~95% はhematopoietic lineage maker のCD45陽性で,且つ,60~80% はstem-cell-factor receptorのCD117が陽性)をヒトの骨髄より分離し,心筋梗塞を起こした無胸腺ヌードラット(Rowett (rnu/rnu) athymicnude rat)に経静脈内に投与した.その結果,心筋梗塞周辺部で肥大心筋のアポトーシスとコラーゲン沈着を抑制し,心筋梗塞巣と周辺部位に血管新生を起こし,心エコーで測定した左室駆出分画などの改善が認められた(NatureMed 7, 430-436, 2001). Rosa26トランスジェニック・マウスの骨髄間質細胞からLac Z を発現しているCD34-/low,c-kit+,Sca-1+の造血幹細胞を分離し,60分の冠動脈閉塞後の再潅流時に造血幹細胞を注入したところ,梗塞周辺部において心筋細胞の内の約0.02% がLac Z 陽性で_-actin 陽性の心筋細胞へと,3.3% が血管内皮細胞に分化した(J Clin Invest 107, 1395-1402, 2001). ミニブタの骨髄間質細胞から単核細胞を採集し,心筋梗塞後60分に梗塞部位とその周辺に移植した.移植3週間後に梗塞領域の血流低下の抑制と,新生血管の増加が認められた.さらに心機能の改善が認められた(Circulation 104,1046-1052, 2001).ラットで,Lac Z で標識した骨髄ストローマ細胞を心筋梗塞2週間後に逆行性に上行大動脈経由で注入した. 移植した細胞は注入直後には冠動脈毛細血管内に取り込まれ,4週間後には梗塞部位では線維芽細胞へ,梗塞周辺部では心筋細胞,心内膜,血管内皮細胞へと分化した(J Thorac Cardiovasc Surg 122, 699-705, 2001).イヌの心筋梗塞モデルで骨髄細胞を正常部位,梗塞周囲,梗塞部位に注入し,心エコー,心電図,組織形態学的検討により,梗塞周囲では心室壁が肥厚し微小血管が増加した.(Ann Thorac Surg 73, 1210-1215, 2002).臨床での報告は1例であるが,急性心筋梗塞患者に自己の単核骨髄細胞を冠動脈に投与したところ,transmural infarct area の減少と心機能の改善が見られた(Dtsch Med Wochenschr 126, 932-938, 2001). 以上の報告からも分かるように,骨髄由来の幹細胞を障害部位に移植することにより血管新生による血行の改善と心筋細胞への分化により心臓のポンプ機能の改善が望める可能性が示唆されている. |
大阪市大・院・医学研究科 分子病態薬理 岩尾 洋 |
キーワード:骨髄間質細胞,細胞移植,心筋再生 |