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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

β1-アドレナリン受容体の構成的活性化
と心不全

 今まで,受容体はアゴニストが結合してはじめて活性化されるものと考えられてきました.しかし最近,アゴニストが存在しなくても受容体は活性化状態を示すことが明らかとなりました.このアゴニスト非存在下での活性化状態を構成的活性constitutive activity といい,その活性を示す受容体を構成的活性化受容体constitutively active receptorといいます.

構成的活性は,野生株でも認められますが,一般にその活性化レベルは低く,そのため受容体を過剰発現させた細胞系を用いて多くの研究が進められています.また,構成的活性の調節に細胞内裏打ち蛋白が関与することや,変異を人工的に導入することにより活性を誘導できることなどが少しずつ明らかになってきました(Ango et al: Nature 411, 962-965, 2001; Milligan et al:Neurosignals 11,29-33,2002).

ところで,最近,ヒトβ1-アドレナリン受容体(β1AR)において,構成的活性を示す遺伝子多型が見つかり,これが慢性の心不全患者の生存率と関係することが示唆されました.新たに見つかったバリアントはβ1AR の49番目のコドンの変異で,serine がglycine に置換したものです.Ser49-β1AR を発現している慢性心不全患者の5年死亡率が46% であるのに対し,Gly49 genotype の患者では23% と死亡率が有意に低いことが報告されました(Borjesson et al: Eur Heart J 21,1853-1858, 2000).

そこでLevin et al(J Biol Chem, online, 2002)は,Gly49-β1AR をHEK 293細胞に発現させ,その薬理学的性質をSer49-β1AR と比較しました.その結果,Gly49-β1AR はSer49-β1AR と較べてアゴニストに対する親和性が高く,またアゴニストによるadenylate cyclase 最大活性化も大きいことがわかりました.更に,Gly49-β1AR を発現した細胞のbasal cAMP レベルはSer49-β1AR 発現細胞の約4倍と高いこと,そしてこのレベルは逆作用薬metoprolol を処置すると低下することを見つけました.

これらの結果は,Gly49-β1AR が構成的活性化受容体として機能していることを示しています.ここまでの結果を単純に心機能と関連づけてみますと,構成的活性を持ったβ1AR の方が,活性を持たないβ1AR よりも不全に陥った心機能の改善に効率的に役立っていると思いがちです.しかし,ヒト心臓のβ1AR 密度は30-70fmol/mg protein と低値です.この程度の発現で,しかも軽度の構成的活性を示すGly49-β1AR では,心機能を改善するには不十分と思われました.

そこでLevin et al は,構成的活性化受容体が膜レベルで比較的不安定であるという一般的特性に着目し,実験を追加しました.そして,Ser49-β1AR と異なり,Gly49-β1AR が大量または長期のcatecholamine 曝露で著しく脱感作やdown regulation することを見つけ,この作用こそ心不全患者の予後に重要な影響を与えていると推測しました.すなわち,心不全患者は代償性の交感神経緊張状態にあり,高濃度のcatecholamineで絶えず刺激された状態になっています.

長期的スパンで心臓に対する影響をみてみますと,心不全では慢性的にβ1AR が刺激される結果,アポトーシスなどの確率が増し,心臓がダメージを受けるというのです.これに対し,Gly49-β1AR を発現している患者では,脱感作やdownregulation により機能できるβ1AR 数が減少し,従ってSer49-β1AR の患者よりもダメージが少なく,生存期間が延長すると推測しています.これと一致するかのように,心臓にβ1AR やGs_を過剰発現すると心不全や突然死が高頻度で発現したという報告もあります(Engelhardt etal: Proc Natl Acad Sci USA 96, 7059-7064, 1999; Iwase et al: Circ Res 78, 517-524, 1996).

また最近,臨床試験において,β1AR アンタゴニストが心不全に有効であることが確認されました(MARITH-HF Study group: Lancet 353, 2001-2007, 1999; CIBIS-II Investigations and Committees:Lancet 353, 9-13, 1999).β1AR アンタゴニストの一見矛盾するこの臨床適用は,心臓を過度の刺激から守ることの重要性を示唆するもので,興味深いものがあります.尚,今回の報告では,constitutively active receptorが直接病気の発症と関係していませんでした.

しかし今後,種々の構成的活性化機構が解明され,発病との関係も明らかになることが予想されます.構成的活性化受容体,逆作用薬,ニュートラルアンタゴニストといった新しい受容体理論をふまえた治療指針の早急な確立が望まれます.

福井医大・薬理 村松郁延,田中高志,鈴木史子 (muramatu@fmsrsa.fukui-med.ac.jp)
キーワード:構成的活性化受容体,β1-アドレナリン受容体,
心不全

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