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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

スタチンと心疾患予防

 1989年にプラバスタチンが,1991年にシンバスタチンが高コレステロール血症・高脂血症治療薬として登場した.それまでも,食事療法,ニコチン酸,フィブラート系薬剤,陰イオン交換樹脂等による治療が行われていたが,これらHMG-CoA 還元酵素阻害薬(スタチンあるいはバスタチンと総称される)の劇的な血清総コレステロール・LDL-コレステロール低下作用により,本症治療が爆発的に進められ,他のスタチンも続くことになる.

生体細胞内でメバロン酸経路は,その細胞の生命維持や機能発現に重要な係わりを持つ多くの物質を産生する.コレステロールでさえ,生体に必須な物質である.スタチンは,メバロン酸経路の律速酵素であるHMG-CoA 還元酵素を強力に阻害する.したがって,薬理学をかじった者であればその当初からスタチンの多面的作用に気付く.筆者は,水溶性スタチンと脂溶性スタチンの相違について1993年に第1報を報告した(J Cardiovasc Pharmacol 22, 852-856).

同年,スタチンによる動脈硬化改善を観察した最初の臨床試験が報告された(Ann Intern Med 119, 969-976; Circulation 89, 959-968).肝臓細胞膜に存在する有機アニオン輸送担体にその細胞内移行を頼らざるを得ない水溶性スタチンと異なり,細胞膜透過性に勝る脂溶性スタチンはあらゆる臓器・組織の細胞内へ移行し得る.

脂溶性スタチンは心臓細胞内へ入り,メバロン酸経路を抑制して心筋エネルギー代謝に対して負に作用する. これが,血清コレステロール低下,動脈硬化進展抑制による心血管病に対する正の作用の足を引っ張る.この考えは,コレステロール低下や動脈硬化進展抑制にも拘らず有意な心血管イベント発生抑制が認められないという初期の脂溶性スタチンを被験薬とした臨床試験結果を見事に説明する.残念ながら,これらの臨床試験は現在殆ど顧みられず,脂溶性スタチンで心血管イベントに有効であった臨床試験(Lancet 344, 1383-1389, 1994)のみが,これを服用する側に示される.

血清コレステロールの高い患者の多くは,服用によって心疾患発症を予防できると期待している.筆者は,水溶性スタチンと脂溶性スタチンの相違について,スタチン系薬剤の選択について機会あるごとに論じてきた(日薬理誌114 補冊,142P-149P,1999; 薬局 51, 1825-1831, 2000).しかし,なかなか理解して貰えない.その一つの理由に,これまで治療に積極的でなかった高コレステロール血症・高脂血症患者に,スタチンが登場してようやく薬物治療を勧めることができるようになった臨床医のご苦労がある.「やっと薬を服用してくれるようになったのに,余計なことを」と言われる.

もう一つの大きな理由に,水溶性スタチンが,この稿を執筆している現在プラバスタチンしかないことがある.何故,製薬会社は水溶性スタチンを開発しないのかと聞かれる.強い酵素抑制作用,コレステロール低下作用を求めると,どうしても脂溶性の高い物質になる.水溶性・脂溶性を強調すると,「本剤は水にも溶ける」,「限りなく水溶性に近い」と反論され,本来別の目的に用いられる(と思う)「両溶性」という語彙がスタチンにも引用されてしまう.

大切なのは,その薬剤が肝臓以外の臓器細胞内に,その細胞機能に影響し得る量が移行するか否かである.「水溶性」に惑わされてはならない.2001年8月,突然脂溶性スタチンであるセリバスタチンが発売中止になった.フィブラート系薬剤との併用による横紋筋融解症死亡例多発が原因である.新聞紙上,併用薬であるゲムフィブロジルは日本では認可されていないので大丈夫のような記載があった.暢気な国である.

実は,その年の春,脂溶性スタチンについての雑文をThe Lancetに送り,査読に回されることなく数日で却下されていた.8月のその日,編集者に却下の再考を求めるメールを送った.その後の対応は迅速で,3名の査読者と複数の編集者は非常に好意的であった.ただし,採択から掲載まで半年を要したが.抗痴呆薬が発売されたとき薬理学者として首を傾げたこと,カルシウム拮抗薬と心筋梗塞予後に関する臨床試験を読んだときのことを思いながら,この論文(Lancet 339, 2195-2198, 2002)にスタチンに対する考えの全てを述べた.

筆者が恐れるのは,全てのスタチンが否定されてしまうこと,もっと強力な脂溶性スタチンが続々登場することである.別刷をお送りした東北大学名誉教授平則夫先生から「(筆者)のスタチン類に関しての考えに,世界中のできるだけ多くの医師や製薬企業の薬剤開発に係わるスタッフが共鳴して,安全なスタチンを投薬し,また安全なスタチン類を開発することを期待します」とお手紙を頂いた.

北海道薬大・薬理 市原 和夫
e-mail: ichihara1@hokuyakudai.ac.jp
キーワード:脂溶性スタチン,高コレステロール血症治療,
心血管イベント

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