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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

慢性関節リウマチと肥満細胞

 慢性関節リウマチは自己免疫機序による多発性の滑膜関節炎を主病変とする全身性炎症性疾患であり,我国における患者数は70-100万人と推定されている.従来の薬物治療には,非ステロイド性抗炎症薬,副腎皮質ステロイド,メトトレキサートおよび金製剤,D-ペニシラミンなどのいわゆる疾患修飾型抗リウマチ薬が広く用いられてきた.

しかしこれらの薬剤では必ずしも充分な治療効果が得られないのみならず,その副作用が問題となることも多い.最近,IL-1,IL-6,TNF などの炎症性サイトカインを標的とした生物学的製剤が次世代抗リウマチ薬として注目を集めている(Lancet 358, 903-910, 2001).欧米ではすでに抗TNF 抗体,可溶性TNF 受容体などが医薬品としての承認を受け,慢性関節リウマチに著効を示している.副作用についても,結核などの感染症に留意を必要とするものの,従来の薬物に比べれば格段に少なく,効果の発現の速さ,切れの良さは今後のリウマチ治療に革命的変化をもたらすともいわれる.

我が国でも抗TNF 抗体のクローン病への適応が承認され,慢性関節リウマチに対しても相次いで承認される予定である.慢性関節リウマチは自己抗体が原因とされているが,なぜ自己抗体が炎症を引き起こすのか,その機序は不明であった.最近,慢性関節リウマチに極めて類似した関節炎を自然発症するモデルマウス(K/BxN)が作製され,その謎を解きほぐす重要な鍵を与えている.興味深いことに,このマウスの血清(K/BxN 血清)を投与すると,リンパ球を欠損したマウスにさえ関節炎が引き起こされる(Immunity10, 451-461, 1999).その活性の本体は血清中のIgG であり,その受容体としてFcγRIII が重要な役割を果たすこと,さらに,補体第二経路の活性化とC5a 受容体も必須であることから,自然免疫の暴走が発症に深く関わることが示された(Immunity 16, 157-168, 2002).

一方,このIgG の認識する抗原は体内に普遍的に存在する糖代謝酵素glucose-6-phosphate isomerase(GPI)であることが明らかとなった.では,なぜGPI 抗体は関節特異的に炎症を惹起するのであろうか.Matsumoto らは免疫組織化学的手法により,GPI はすべての細胞の細胞質に均一に存在する一方,関節腔では軟骨の表面にそって局在することを証明した(Nature Immunol 3, 360-365,2002).また,関節炎を発症したマウスの軟骨表面上にはGPI とGPI 抗体の免疫複合体,さらに補体C3の局在が認められた.

通常の細胞表面には補体の不活性化因子が存在するが,軟骨はその因子を欠く.そのため軟骨にGPI-抗GPI 免疫複合体と補体を沈着させ,補体第二経路の活性化の場を与えるのではないかと推測された.炎症は最終的に好中球の浸潤によりもたらされるが,補体・自己抗体と好中球浸潤をリンクさせているのは一体何であろうか.Lee らは関節滑膜に多く存在する肥満細胞に着目し,2種類の肥満細胞欠損マウス(Sl/Sld およびW/Wv)においては,K/BxN 血清により引き起こされる関節炎がほとんど認められないことを見出した(Science297, 1689-1692, 2002).

さらに肥満細胞の重要性を確認するためこれらの肥満細胞欠損マウスに骨髄由来肥満細胞を移植したところ,K/BxN 血清による関節炎が引き起こされるようになった.関節では肥満細胞がK/BxN 血清の注入1時間後から脱顆粒しはじめる様子が観察され,それ以外の組織では肥満細胞の脱顆粒は認められなかった.肥満細胞はIgE を介した抗原刺激により脱顆粒し,アレルギー反応を引き起こすことがよく知られているが,最近FcγRIII とC5a 受容体を発現し,IgG 免疫複合体による組織傷害にも関与することが報告された(J Immunol 167,1022-1027, 2001).さらに,皮膚の自己免疫疾患である類天疱瘡でも,水胞形成のためにはマクロファージによる好中球の浸潤が重要であり,かつこの反応も肥満細胞の活性化に依存していることが明らかになった(J Immunol 169,3987-3992, 2002).

肥満細胞はTNF を顆粒に貯蔵する唯一の細胞であり,脱顆粒により速やかにTNF を放出したのちも持続的にTNF を産生し続ける.また,細菌感染時には肥満細胞から放出されたTNF が好中球を局所に呼び寄せ,生体防御に重要な役割を果たすことが以前より知られている.これらの知見は,関節においてIgG 免疫複合体と補体が肥満細胞を脱顆粒させ,放出されたTNF が好中球を引き寄せ炎症を成立させるという新しいシナリオを提示する.抗サイトカイン療法が脚光を浴びるなか,これらの生物学的製剤は非常に高価であり,また注射投与しかできないなど蛋白製剤ゆえの問題もある.今後より安価で経口投与の可能な低分子薬物の開発が求められるであろう.

近い将来,慢性関節リウマチの病態の全容が解明され,より選択的で負担の少ない薬物療法の確立へとつながることが期待される.

広島大・院・医歯薬総合研・薬効解析 秀和泉
e-mail: ihide@hiroshima-u.ac.jp
キーワード慢性関節リウマチ,TNF,肥満細胞

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