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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

MALDI-TOF によるタンパク質質量分析

 今年度のノーベル化学賞が発表され,島津製作所の田中耕一博士が受賞されたことは記憶に新しいことと思う.スーパーサラリーマンとして連日マスコミを賑わせておられるようで,御苦労も多いのではといらぬ心配をする一方で,その発見はまさしく同賞を受賞されるに相応しいものであり,同氏への敬意を表する意味もあり,本稿を寄稿させていただく.

MALDI-TOF によるタンパク質質量分析と言えば,御存じの方も多いと思われるが,まずごく簡単にその原理について触れておきたい.MALDI とはMatrix-Assisted LaserDesorption/Ionization(マトリックス支援レーザ脱離イオン化法)の略称である.測定するタンパク試量(タンパク質やペプチド)を多量のマトリックスと均一に混合した状態に置き,そこに紫外光(窒素レーザー光)を照射すると,レーザー光はマトリックス上で熱エネルギーへと変換される.

この時,マトリックスの一部が急速に加熱され,マトリックスとともにサンプルが気化(イオン化)される.この時のマトリックスの添加は,タンパク試料の分子構造を壊さずにイオン化させるために必要であり,この方法の開発によりタンパク質などの分子量1万を超える高分子物質のイオン化が可能となった.次に,この気化した試料を解析する部分がTOFMS(Time of Flight Mass Spectrometry; 飛行時間型質量分析法)となる.サンプルスライド上でイオン化されたタンパク質およびペプチドに電界空間にて,一定の運動エネルギーを与える.

その後,タンパク試料は無電界空間を飛行し,検出器に到達する.その到達時間は質量電荷比m/zの値が小さいものほど速く,大きいものほど遅くなる.このようにして,イオンが飛行した時間(Time-Of-Flight)を測定することで,イオン化されたタンパク質またはペプチドの質量を求めることが可能になる.MALDI-TOF の利用方法は様々で,タンパク質の同定や分子量の決定,タンパク修飾(糖鎖修飾,リン酸化など),さらには,その修飾残基に関しても情報を与えてくれる.構造生物学の教室に籍をおいている筆者らにとっても,MALDI-TOF はなくてはならない機器の1つである.

構造解析には,可溶化分画より回収した大量のタンパク質が必要であり,このようなタンパク質大量発現系の確立には安定なタンパク質断片の特定が不可欠な情報となる.このような情報は,プロテアーゼ処理で生じた発現タンパク質の分解産物をSDS-PAGE で分離・抽出後,MALDI-TOFを用いて解析することにより得ることができる.また,修飾に関しての研究例としては,糖タンパク質の解析をあげることができる.

糖タンパク質の糖鎖修飾に関する研究は,糖鎖構造の複雑さやミクロへテロジェナイティーの存在により,非常に困難とされている.MALDI-TOFを用い,糖鎖の構造特定やその結合位置の解析を行ったところ,従来の質量分析計では感度の面で問題のあった糖ペプチドについても,充分な分析結果が得られていると聞いている.このようMALDI-TOF は,糖タンパク質に関する研究分野において極めて有用であると言える.

多くの生物の全ゲノム配列が公表されつつある現在,時代の潮流は「ポストゲノム」としてプロテオミクス,プロテオーム解析へとシフトしつつある.プロテオミクス,プロテオーム解析にはMALDI-TOF は欠くことのできない機器・解析方法の1つである.そのことを考えても,今回の受賞は,「ポストゲノム」時代の到来を象徴する受賞であると言ってよかろう.

Max-Planck Institute for Molecular Physiology 石崎敏理・
嶋田睦 e-mail: toshimasa.ishizaki@mpi-dortmund.mpg.de

キーワード:MALDI-TOF,タンパク質質量分析

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