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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

癌抑制遺伝子p53 による老化の制御

 約40年前にHayflick らによって細胞は限られた回数しか分裂出来ず,限界まで分裂した細胞は"replicative senescence(細胞老化)"と呼ばれる状態になることが示された(Exp Cell Res 25, 585-621, 1961).この細胞老化は個体の老化のin vitro モデルになるという考えから,細胞老化のメカニズムについて,現在までに多くの研究がなされてきた.

細胞老化は不可逆的に細胞増殖が抑制された状態であり,種々の細胞増殖因子によっても増殖を惹起されない.細胞老化と同様のphenotype が酸化的ストレス等によるDNA 障害やRas などのoncogene の活性化によっても出現することから,細胞老化はアポトーシスと並んで,癌抑制の主要な経路であると考えられている(Trends Cell Biol 11, S27-S31,2001).p53はヒトの癌においてもっとも多く変異がみられる遺伝子である.

p53がDNA 障害などの種々のストレスにより活性化され,細胞分裂の停止,DNA 損傷の修復あるいは細胞死の誘導を惹起することなどから,p53はストレスに応答することにより細胞の癌化を抑制していると考えられる.実際にp53-/-マウスでは正常のマウスよりも腫瘍の発生率が高いことが報告されている(Nature 356, 215-221,1992).老化したヒト線維芽細胞においてp53の活性化がみられること(Oncogene 13, 2097-2104, 1996),あるいはp53の機能が欠損したヒト線維芽細胞やp53-/-マウスより調製した線維芽細胞が,DNA 障害やRas 活性化による細胞老化のphenotype を示さないことが報告されており(Genes Dev 8,2540-2451,1994; Cell 77,829-839,1994),p53が細胞老化において中心的な役割を果たしていると考えられている.

しかしながら,これらはすべてin vitro における検討であり,またp53-/-マウスは腫瘍発生により早期に死亡するため,p53の細胞老化における役割が,多細胞からなる臓器の老化に伴う機能低下や,個体の老化に伴う変化にどこまで関連しているのかは推察の域を出るものではなかった.Donehower らはp53のN 末端側からexon1-6を含む20kbp を欠失させた変異マウス(p53+/m)を作成し,p53のC 末端側のexon7-11をm 遺伝子と名付けた(Nature415,45-53,2002).m 遺伝子と正常なp53のallele をあわせ持ったp53+/m マウスではp53+/+マウスと比較して自然に生じる腫瘍の発生は抑制されたが,寿命は約20% 減少していた.

p53-/m マウスはp53-/-マウスと比較して腫瘍の発生率が変わらなかったことから,m 遺伝子は正常なp53の機能を増強していると考えられる.p53+/m マウスでは体重の減少,肝,脾,腎の萎縮,背骨の湾曲,骨密度の低下,創傷の治癒力の低下などの老化においてみられる症状が,同齢のp53+/+マウスより早く現れる.

これらの結果は,in vivo での臓器や個体における老化へのp53の関与を初めて示したものである.また,老化と癌抑制は表裏一体であり,p53は腫瘍の発生を抑制するかわりに老化を促進するといった生体にとって諸刃の剣であることを示している.生命活動において酸化的ストレスや放射線の自然被爆など,腫瘍の発生を惹起しp53を誘導する刺激への暴露がさけられないものであることを考えると,Donehower らの結果は生物の寿命の限界を示しているのかも知れない.

p53の老化制御機構として,その標的遺伝子であるp21Waf1/Cip1/Sdi1が主要な因子であると考えられてきた.実際,p21はcyclin dependent kinase を阻害することにより細胞増殖を負に制御し,p21を欠損した細胞はγ線暴露による細胞増殖阻害を受けない(Cell 82, 675-684, 1995).しかしながらp21欠損細胞でも細胞老化を起こすことやRas 活性化により細胞増殖が阻害されることより(Oncogene18, 4974-4982, 1999),p21はp53による細胞老化に必ずしも必須ではないことが示されている.

また最近,p53単独の活性化では細胞増殖は可逆的に抑制されるが,細胞老化にはp19ARF やp16INK4a の協同的な活性化が必要であることが示され(Mol Cell Biol 22, 3497-3508, 2002; Cell 109, 335-346, 2002),p53の細胞老化制御の分子機構が徐々に明らかにされつつある.p53が老化を誘導するメカニズムにはまだまだ不明な点が多く残されており,今後の解明が待たれる.

p53による老化の制御機構がすべて明らかになることで,老化を促進せずに癌細胞の増殖のみが抑制できる癌治療のストラテジーが確立されることが期待される.

摂南大・薬・薬物治療 吉岡靖啓,前田定秋
e-mail: smaeda@pharm.setsunan.ac.jp
キーワード:老化,p53

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