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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

イノシトールリン脂質によるイオンチャネルの制御

 ホスファチジルイノシトール(4,5)2リン酸(PIP2)は,細胞膜中に微量に存在するイノシトールリン脂質であり,これまで2次伝達物質のイノシトール3リン酸やジアシルグリセロールの原料脂質と捉えられることが多かった.しかし近年PIP2をはじめとするさまざまなイノシトールリン脂質が,脂質結合ドメインを介してタンパク質と相互作用することがわかってきた.

とくにイオンチャネルとの相互作用については,2回膜貫通型内向き整流性K チャネルのPIP2による活性制御機構の解明が進んでいるが,6回膜貫通型K チャネルやCa 透過型カチオンチャネル,P/Q 型電位依存性Ca チャネルの活性もPIP2により制御される可能性が相次いで報告されている.交感神経節細胞にムスカリン様作用薬を与えると,K電流が減少し,神経細胞が興奮すると古くから知られている.このK 電流の抑制には,GTP 結合タンパク質と未知の拡散性の伝達物質が必須であると報告されていたが,詳細は不明であった.

そこでSuh らは,このK 電流を構成する6回膜貫通型K チャネルのKCNQ2とKCNQ3(Mチャネル),さらにムスカリン受容体を強制発現させた細胞を用いて,K 電流の抑制機構を検討した(Neuron 35,507-520, 2002).とくに彼らは,K 電流抑制後の回復機構に注目し,薬理学的な解析の結果,ホスファチジルイノシトール(PI)の4位にリン酸を付加するPI4キナーゼがK 電流の回復に必須であることを見出した.直接示されたわけではないが,ムスカリン受容体刺激中には,細胞膜中のPIP2量が減少し,M チャネル活性が低下している可能性が高い.PIP2が直接M チャネルと相互作用するのか,または他のタンパク質が介在するのか,今のところ不明であるが,PIP2などのイノシトールリン脂質は,ムスカリン様作用薬誘発のK 電流抑制に関わる未知の伝達物質の有力候補といえる.

Ca 透過型カチオンチャネルを構成するTRP(transient receptor potential)スーパーファミリーの1つであるTRPV ファミリーに属する1型バニロイド受容体(VR1)の活性もPIP2により制御され,これがブラジキニンなどで引き起こされる発痛促進効果を説明すると報告されている(Nature 411, 957-962, 2001).最近,TRPM ファミリーの一つであるTRPM7もPIP2により制御される可能性が示された(Nat Cell Biol 4,329-336, 2002).TRPM7は他のTRP と同様Ca 透過型カチオンチャネルであるが,C 末にキナーゼドメインをもつユニークなイオンチャネルである.またこのC 末領域は,1,2,3型ホスホリパーゼCβ,1型ホスホリパーゼCγ(PLC)と相互作用し,受容体刺激にともなうイオンチャネルの活性変化に関与すると考えられていた.ところが,PLC の基質であるPIP2自身がTRPM7の活性・不活性化を制御する可能性が示された.

単一チャネル電流記録下,PIP2抗体の投与によりTRPM7のチャネル活性は低下し,一方PIP2の投与によりチャネル活性は上昇した.TRPM7のC 末には,PI3リン酸と特異的に結合する脂質結合ドメインが存在するが,PIP2との相互作用部位に関しては,今のところ不明である.ドメイン構造をもたないPIP2結合領域が,TRPM7構造中に存在するのかもしれないし,あるいはPLC 中の脂質結合ドメインであるプレクストリン相同ドメイン(PH ドメイン)とPIP2との相互作用が,チャネル活性を制御しているのかもしれない.

また最近Wu らによりP/Q 型電位依存性Ca チャネル(P/Q 型VDCC)もPIP2により制御されることが報告された(Nature 419,947-952,2002).PIP2はP/Q 型VDCCの活性維持とチャネルの電位依存性活性化に関与するという.さらに彼らは,P/Q 型VDCC 構造中に2カ所のPIP2結合部位を想定し,チャネル活性の維持に関わる部位へのPIP2の結合が,チャネルの電位依存性活性化に関わる部位(Rドメイン)への結合に比べ高親和性であるとしている.またRドメインへのPIP2の結合は,cAMP 依存性リン酸化酵素によりチャネルがリン酸化されると抑制された.イノシトールリン脂質によるイオンチャネルの制御機構が徐々に明らかになってきたが,イオンチャネル中の脂質認識部位に関する報告はほとんどない.イオンチャネルには特定の構造を持った脂質認識ドメインは存在せず,塩基性アミノ酸クラスターが脂質分子を認識している可能性が高い.

しかし脂質認識ドメインとしてよく知られるPH ドメインも,タンパク質間でアミノ酸配列の相同性は思いのほか低いが,3次元構造上は相同性が高いといわれている.各々のイオンチャネルの3次元構造が明らかになれば,既知の脂質認識ドメインと相同な構造が見えてくるかもしれない.イオンチャネルの3次元構造の解明がさらに進むことを期待したい.

名古屋市大・院・細胞分子薬効解析 村木克彦
e-mail: kmuraki@phar.nagoya-cu.ac.jp
キーワード:イオンチャネル,イノシトールリン脂質

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