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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

テトロドトキシン抵抗性Na+チャネルと神経栄養因子BDNF
-新たな疼痛発生機序の可能性

 神経因性疼痛時には,自発痛や痛覚過敏,あるいは本来痛みを生じない触刺激などが痛みを生じるアロディニアと呼ばれる症状をしばしばともなう.これらの痛みの発生機序に関する研究の進展には著しいものがあるが,その一つに電位依存性Naチャネル(Naチャネル)との関係に着目した一連の研究がある.Waxman らは坐骨神経切断に伴いDRG ニューロンにおいて顕著な発現変動を示すNaチャネルとして,Nav1.3と呼ばれるテトロドトキシン感受性(TTX-S)チャネル(発現上昇),およびNav1.8,Nav1.9と呼ばれるTTX 抵抗性(TTX-R)チャネル(発現抑制)を見出した(Proc Natl Acad Sci USA 96,7635-7639,1999).

同様な発現変動は神経因性疼痛モデルとして利用される絞扼性神経損傷モデルや脊髄神経結紮モデル(spinal nerve ligation model: SNL)においても,障害を受けるDRG ニューロンで認められている.著者らも神経因性疼痛のメカニズムを探る一つの手段として,2種類の神経根性疼痛モデルラットのDRG におけるNaチャネルの発現動態をSNL のDRG と比較した(Spine 27,1517-1525,2002).その結果,3者の疼痛モデルいずれにおいても患側肢に同等の機械的アロディニアと熱性痛覚過敏が生じるが,DRG そのもの,あるいはDRG より中枢側の神経障害である2種の神経根性疼痛モデルにおいてはNav1.3の発現上昇は認められなかった(SNL はDRG より末梢側の神経傷害である).

一方,Nav1.8とNav1.9の発現量低下は3者で観察されたが,SNL における両者の発現量低下は神経根性疼痛モデルに比べ顕著であった.これらの結果は神経因性疼痛と一口にいっても,モデルによりかなり異なる分子メカニズムによって疼痛を生じている可能性を示唆するが,傷害部位に関わりなく共通して観察されたTTX-R チャネルの発現減少(程度の違いはある)の重要性も窺われる.TTX-R チャネルは特に小型DRG ニューロンに認められ,静止膜電位近傍において持続時間の長い内向き電流を生じることが示唆されている.

またこれらのチャネルの発現減少は静止膜電位を過分極側へ移動させることが推測されており,静止膜電位で不活性化状態にある一部のTTX-S チャネルを活性化状態へ移行させ,一次知覚ニューロンを易活動状態にさせる機構が考えられている(Trends Neurosci 25, 253-259, 2002).一次知覚神経傷害時にNav1.8およびNav1.9の発現レベルを正常に維持する方法は,神経根性疼痛を含めた神経因性疼痛の新たな治療法になる可能性がある.ごく最近これらTTX-R チャネルの調節機構や疼痛との関係について新たな展開がみられている.これまでの研究は障害を受けたDRG ニューロンの過興奮が神経因性疼痛に主要な役割を担うとの考えから,

Naチャネルの発現動態も障害DRG ニューロンにおける解析が中心であった.しかし,多くの疼痛行動実験では刺激誘発性の疼痛行動が評価に用いられており,障害を受けていない末梢神経からの刺激入力が重要となる.Gold らはSNL モデルを使い,障害を受けるL5/L6DRG ニューロンと非障害の隣接L4DRG ニューロンにおけるNav1.8の発現動態や電気生理学的性質を検討した(J Neurosci 23, 158-166, 2003).その結果,L4DRG の末梢側軸索(おそらくC-線維)において通常はほとんど認められないNav1.8の発現が顕著となり,またこの軸索を伝播する活動電位のTTX 抵抗性成分が著明に増加するが,これらの変化はNav1.8のアンチセンスオリゴの髄腔内投与により抑制された.

この報告に先立って同グループは同じアンチセンスオリゴが機械的アロディニアや熱性痛覚過敏現象を抑制することも報告している(Pain 95, 143-152, 2002).これらの結果は障害を免れたC-線維軸索において通常はほとんど分布していないNav1.8の発現が刺激誘発性疼痛に重要であることを示唆している.神経因性疼痛におけるNav1.8の寄与に関してはこのチャネルのノックアウトマウスにおいても検討されており,否定的な意見であったが(Neuroreport 12,3077-3080, 2001),ノックアウトマウスDRG におけるTTX-Sチャネルの代償的発現上昇によりNav1.8の寄与の重要性が打ち消されているという考えをGold らは述べている.Nav1.9はNa+チャネルのなかでも特に機能発現実験が難しく,DRG ニューロンに豊富に発現しているにも関わらず,通常のパッチクランプ法では安定な電流記録ができ
ないなど,その生理機能には不明な点が多い.当初Nav1.9は特に小型DRG ニューロンに選択的に発現しているとされていたが,最近では中型および大型DRG ニューロンにも発現していること,また中枢神経においても発現している可能性が示唆されている.

Nav1.9は小型・中型ニューロンにおいてはTTX-R の持続型Na+電流を担っている可能性が高いが,大型ニューロンではmRNA の発現にもかかわらず電流の存在が確認されていない.この点に関して興味深いのはKonnerth らの報告である.彼らは以前海馬CA1ニューロンなどで脳由来神経栄養因子(BDNF)がまるで古典的な小分子神経伝達物質のように,投与後ミリ秒の潜時でNaチャネルを開き,脱分極反応を引き起こすことを示していた。この作用はBDNFによるNMDA受容体依存性長期増強現象の調節機構として注目されているが、同グループはBDNFの高親和性受容体であるTrkBからのシグナルが直接的に、あるいは間接的であるにしても極めて迅速にNav1.9に伝えられ、このチャネルを開口させるというメカニズムを提唱している(Nature 419,683-684, 2002; Trends Neurosci 26, 55-57, 2003).

これまでBDNFは炎症時や神経障害時に他の伝達物質とともに小型DRGニューロンの中枢端より放出され、後角細胞上でNMDA受容体をチロシンリン酸化することで疼痛情報伝達の促通に関与していると考えられてきた(Brain Res Rev 40, 240-249, 2002).しかしTrkBを発現している大型DRGニューロンにもNav1.9が発現している可能性が高く、また坐骨神経切断では大型DRGニューロンにBDNFの発現が新たに誘導されるなど(小型ニューロンでは逆に減少),BDNFによるこれらの知覚神経における作用が機械的にアロディニア発症の調節に寄与する可能性が考えられる.またNav1.9と他のTrk受容体、さらにはGDNF(グリア細胞株由来神経栄養因子)受容体Retとの相互作用の可能性など、新たな疼痛伝達調節機構の存在の可能性が想像される .

東京医科歯科大・院・高次機能薬理 栗原 崇、田邊 勉 t.kurihara.mphm@tmd.ac.jp / t-tanabe.mphm@tmd.ac.jp

キーワード: 神経因性疼痛、テトロドトキン抵抗性Naチャネル、
脳由来神経栄養因子

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