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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

認定トキシコロジスト

 毒性学の範囲と役割の基準を定め,その基準を満たすトキシコロジストを認定することによって毒性学の発展を図る目的で,1979年に米国毒性学会(SOT)は認定トキシコロジスト制度の導入を決定し,認定機関であるAmerican Board of Toxicology Inc. を設立した.認定は資格認定と筆記試験からなっている.まず毒性学における十分な教育と経験を持ったトキシコロジストに受験資格が与えられる.

筆記試験は一般原理と応用毒性学,毒性物質,標的臓器と毒性効果の3部からなり,各100問の出題のうち,すべてに70点以上の得点を得たものが合格者となる.最初の認定試験が1980年に行われ,Diplomate of the America Board of Toxicology(D.A.B.T.)と呼ばれる認定トキシコロジストが誕生した.なお,D.A.B.T. は5年ごとに資格を更新する.更新には毒性試験研究に実際に従事していること,自己研鑽を続けていること,毒性学知識を維持していることが必要で,知識の維持を確かめるためにレポート形式の試験を課している.

現在1864人のD.A.B.T. がおり,そのうち103人がアメリカ人以外で,日本人は4人である.ヨーロッパでは欧州トキシコロジー学会(UROTOX)が1996年より加盟各国のトキシコロジストの登録制度を設けており,毒性学的経験と知識および論文等の業績評価をしてそれに合致したトキシコロジストをEurotox Registered Toxicologist として認定している.日本では95年に毒性学会の教育委員会が諸外国の認定制度,特にABT について検討を始めた.96年の総会で認定トキシコロジストの役割,性格付け,認定の仕方及びメリット等を学会全体として決定・認識するため,教育講習,認定制度のあり方をまず総務委員会で検討することが決められた.

総務委員会ワーキンググループにおいて,トキシコロジストのモチベイションを高め,試験責任者等のトキシコロジストの質の向上を図り,毒性学を発展させるためにはABT と同等の範囲,レベル,基準を満たすことが必要とされた.そこで,広く各界より人選を行い,認定制度のワーキンググループを発足させた.ワーキンググループは認定試験の実施のためにGrand Father(GF)制度を導入じることを決定し,97年の総会で99名のGF が承認された.98年に最初の認定試験が行われた.以後2002年までに5回の認定試験が行われ,計139名の認定トキシコロジストが誕生した.2002年からは第1回の資格更新手続きが開始され,99人のGF のうち69人が更新した.

現在GF も含めた認定トキシコロジストは202名である.また,それまではABT と同様にCasarett & Doull's Toxicologyが参考図書とされていたが,日本トキシコロジー学会教育委員会編「トキシコロジー」が編集され正式参考図書となった.なお日本トキシコロジー学会認定トキシコロジストは英語ではDiplomate of the Japanese Society of Toxicology(D.J.S.T.)と呼称される.また2002年3月からトキシコロジストの国際認定機関(国際認定トキシコロジスト連合,IART)が発足し,世界的な認定制度のハーモナイゼーションが行われる事となった.

このような状況を受けて,厚生労働省の鶴田大臣官房審議官が「申請時に添付する履歴には認定トキシコロジストであることを明記してほしい.可能ならば,安全性評価の責任者は有資格者であることが望ましい」と発言し,厚生労働省がトキシコロジストの認定を推奨することが薬事日報に報道された.これからは登録申請のための試験責任者の資格条件として,認定トキシコロジストの資格を持つことが就職や昇進に有利となる等の理由で取得希望者が増えることと思う.雇用者にとってもこの制度は採用の客観的評価基準を持つと言うメリットがあろう.

社会においても,国際的基準に合致した有資格者が国際的合意に基づく試験法でGLP 基準に基づいて行った試験を,国際的基準に合致した審査官が安全性を評価して新薬等を世に出す,となれば安全性における国民の理解が得られやすくなると思う.さらに大事なことは,個人の学習意欲の向上と学問的満足感の達成だと思う.1997年の第1回アジアトキシコロジー学会国際会議において,日欧米三極の代表が集まり,トキシコロジストのハーモナイゼーションについて話し合われた席上で,ABT の代表として出席したDr. Oehme が認定トキシコロジストのメリットについて"Ilearned a lot."と答えたのを,深い共感をもって記憶している.

若い毒性学研究者がこの認定試験に挑戦して,その過程で「勉強になった」と感じて,心の財産を少しでも増やしてほしいと思う.

岩手大学 農学部 獣医公衆衛生学教室 津田修治
s.tsuda@iwate-u.ac.jp

キーワード:トキシコロジスト,認定試験,安全性 

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