本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。
心肥大形成のカルシウムシグナル |
心肥大は高血圧性心疾患,弁膜症,心筋症において,過剰の血行力学的負荷や液性因子などの種々のストレスが加わり,生理的肥大の範囲をこえて容積が増大した心筋の病態である.心筋細胞の伸展という機械的負荷によって,種々のプロテインキナーゼが活性化される.特に,mitogenactivated protein kinase(MAPK)ファミリーとして知られている,ERK,JNK,p38MAPK が機械的負荷で活性化される. 心肥大形成にはまた液性因子が関わっており,アンジオテンシンII,エンドセリン-1などの血管作動物質,ノルエピネフリンなどの神経因子,カルジオトロフィン1,白血病抑制因子(LIF)などのサイトカイン,さらにインスリン,IGF-1などの増殖因子が関与している.これらの液性因子によってもMAPK ファミリーは活性化され,c-fos,c-myc,c-jun などの転写調節因子が活性化反応を介して,心肥大に関連するタンパク質の誘導を引き起こすと考えられる. しかしながら,遺伝子改変マウスの解析から新たに,心肥大形成におけるカルシウムの役割が注目されてきた.機械的刺激をはじめ,アンジオテンシンII,エンドセリン-1,エピネフリンなどの刺激が細胞内カルシウムレベルを上昇させる.カルシウム系で最初に注目されたのはカルシニューリンである.Olson のグループは恒常的活性型のカルシニューリンを発現するマウスで,心肥大が誘導されることを報告した(Cell 93, 215-228, 1998).カルシニューリンは細胞質の転写因子であるNF-AT3を脱リン酸化し,脱リン酸化されたNF-AT3は核内に移行して,GATA4と協調して,脳型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の遺伝子発現を亢進させる. 次に注目されたのがCa/カルモデュリン依存性プロテインキナーゼ(CaM キナーゼ)のII とIV である.カルモデュリンを過剰に発現したマウスの心筋においてCaM キナーゼII 活性が約2倍に上昇して,顕著な心肥大が観察された(Mol Endocrinol 14, 1125-1136, 2000).カルシニューリン活性,cAMP 量には変化がなかった.心肥大のマーカーである心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)が上昇しており,このANPの発現にCaM キナーゼII が関与していた.同様に,マウス心筋細胞の核内に発現するCaM キナーゼII のδB アイソフォームを過剰に発現させたマウスでも顕著な心肥大が観察された(J Biol Chem 277,1261-1267,2002). この場合ANF に加えて,_-skeletal actin とβ-myosin heavy chain(β-MHC)のmRNA も上昇した.CaM キナーゼIIと同様に活性型CaM キナーゼIV を心臓特異的な発現した遺伝子改変マウスでも心肥大が確認された(J Clin Invest 105,1395-1406,2000).しかし,マウス心筋細胞ではCaM キナーゼIV の発現が低いことからin vivo での関与は否定的である.CaM キナーゼII とIV は基質特異性がある程度類似することから,両者が同じ転写因子であるmyocyte enhancer factor 2(MEF2)を活性化して心肥大関連遺伝子を活性化したと考えられる.MEF2は核内においてはクラスII ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC-4/5/7/9)と結合しており,転写活性が抑制されている. HDAC はCaM キナーゼII によってリン酸化されると14-3-3タンパク質に認識され核外輸送され,その結果MEF2の転写活性が上昇する.ではHDAC による抑制が除かれることが心肥大関連遺伝子発現に重要なのだろうか.最近この答えが得られた.心筋細胞に高発現するHDAC9を欠損したマウスでは顕著な心肥大が観察された(Cell 110,479-488, 2002).しかし,ANF,β-MHC のmRNA の上昇は見られない.HDAC9欠損マウスを活性型カルシニューリン発現マウスと掛け合わせることによって著しいANF,BNP,β-MHC のmRNA の上昇がみられた.機械的負荷,液性因子によってカルシウムを上昇する病態ではカルシニューリンとCaM キナーゼII が協調的に働いていると考えられる. さらに,Olson らはCaM キナーゼII以外に,HDAC に細胞内で結合している未知のキナーゼの関与も示唆している.このように,心肥大関連遺伝子が誘導されるシグナル伝達系とHDAC
の重要性が明らかになると,心肥大の臨床治療にも受容体の阻害薬ではなくシグナル伝達因子や転写因子を標的とした治療が可能となるであろう. |
東北大・院・薬・薬理福永浩司
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キーワード:心肥大,CaM キナーゼII,カルシニューリン |