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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

Estren:骨粗鬆症治療薬開発の新しい展開

 骨粗鬆症(OP)の95% は退行期OP で,現在でもType I閉経後OP とType II老人性OP に分類されている.1993年,香港で行われた第四回国際骨粗鬆症シンポジウム開催の際にエストロゲン(EST)の分泌低下で起こる閉経期OP の新しい診断基準が合意された(Am J Med 90, 646-650, 1994).骨量の非侵襲的測定が可能になったことから,骨粗鬆症は「骨量が減少し,骨微細構造の劣化により骨強度が低下し,骨折を起こしやすくなった骨代謝性疾患」と定義され,非外傷性骨折が無くとも,骨量の減少(閉経前成人女性の平均値-2.5S.D. 以下)があれば閉経後OP と診断されることになった.一方,老人性OP の病因は不明で,閉経後OP との境界は明示されていなかった.同じ頃,2種類の症例が報告された.

Smith らは,28歳の性機能正常で高身長の男性患者のOP(骨量が平均値-3.1S.D. に低下,骨端線未閉鎖,テストステロン分泌正常,EST 分泌増加,FSH とLH 分泌増加)がEST 受容体欠損に起因することを報告した(N Engl J Med 331,1056-1061, 1994).福島らによるaromatase P450(CYP19)欠損に起因する男性OP 患者(性機能正常,高身長,24歳で骨年齢14歳,撓骨骨量が平均値-4.7S.D. に低下)の症例報告が続いた(J Clin Endocrinol Metab 80,3689-3698, 1995).即ち,男性でも主としてEST が骨格を維持することを示唆する報告で,「自然のなせるヒト遺伝子のKO 実験」と称された.現在では,男女ともに,血中の活性(遊離)型EST 濃度が40pM(11pg/ml)以下になると退行性OP が自然発症する(J Clin Endocrinol Metab 86, 3555-3561, 2001)ことが明らかとなった.これは,一方で,EST 製剤こそが退行性OP の最適治療薬であることを保証することでもある.

しかし,EST による補償療法の副作用は,例えばプロゲステロン製剤を併用しても十分改善されず,過去5.2年間にわたり継続されていたESTとプロゲステロン製剤併用の長期・多施設・大規模臨床治験(当初は8.5年の計画)も途中でメリット無しとの結論に達し,昨年中止されるに至った(JAMA 288, 321-333,2002).EST 製剤開発研究の事実上の再出発である.成人の体格を形成する体性骨は骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収によるリモデリングのバランス上に存在するとの想定で,これまで破骨細胞がOP 治療薬開発の標的となり,カルシトニン系やビスホスホネート系治療薬が開発されてきた.本邦医薬品の売上高トップ100位以内にも,ビタミンD とK 系治療薬と並んでカルシトニン系治療薬がある.今世紀になり本邦でも導入された最強のビスホスホネート系薬物の一つであるalendronate の有名な大規模・多施設臨床治験研究も約10年前に開始されたものである(Drugs 61, 999-1039, 2001).

一方,第三の骨構成細胞である骨細胞は,最多数の構成細胞であるが,一次培養細胞の単離・調製やクローン化が困難であったこともあり,あまり研究が進展していなかった.しかし,Katoらによる骨細胞系クローン細胞MLO-Y4の創出(J Bone Miner Res 12, 2014-2023, 1997)が骨細胞のin vitro 研究を可能とし,またManolagas らが目標をアポトーシス抑制に置いたことで(J Clin Invest 104, 1363-1374, 1999),OP 治療薬の作用機構に骨組織の維持促進が新しく加わった(Endocr Rev 21, 115-137, 2000).今回の新規EST 関連化合物開発に必要なbreakthrough の一つとなった.

さらに,EST の作用機構に関する研究で,もう一つのbreakthrough が重なった.すなわち,従来型の細胞核内受容体に加え,細胞膜局在型受容体の同定である(Cell 104,719-730,2001).細胞膜受容体では,EST シグナルが例えばSrc/Shc から細胞質内MEK-ERK シグナリング系に入力し,発ガン作用に直結する細胞核内受容体とは別ルートを介して,骨細胞では抗アポトーシス作用に,また,破骨細胞ではアポトーシス促進作用に直結する可能性が示された.このように,「自然のなせるヒト遺伝子のKO 実験」によるEST 機能の再評価に始まり,骨細胞への標的変更,さらにEST 受容体の分類というbreakthrough が焦点を結んだ薬物がestren(4-estren-3 , -diol)である(Science 298, 843-846, 2002).次のような作用が期待される.


1)骨細胞の細胞膜結合型EST 受容体(ER )を活性化し,ビスホスホネート系薬物(Jpn J Pharmacol 86,86-96, 2001)同様に,例えばMEK/ERK シグナリング経路を介して作用する.
2)男女いずれでも骨量維持シグナルとなり,Type I OPとType II OP のいずれにも有効である.
3)genotropic 作用が無いので,直接的な発ガン作用・生殖器作用などの副作用が無いもしくは少ない.
4)骨構造の崩壊を予防するだけではなく修復作用がある.


今後,比活性(estradiol:estren=1:0.01>)の改善があれば,退行性OP に限らず,OP 全般に対して理想的な治療薬の出発点になると考えられる.

摂南大・薬・薬理 小井田雅夫
e-mail: koida@pharm.setsunan.ac.jp

キーワード:estren,骨細胞,骨粗鬆症 

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