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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

非ステロイド性抗炎症薬NSAIDs の
食道癌に対する効果

 食道癌は高い致死率とその発癌因子の増加から治療法の確立が待ち望まれている.アメリカでは1970年代以降,男性の食道癌の発生率は約7倍にまで増加している.さらに末期の食道癌に対して既存の抗腫瘍薬が十分な効力を発揮しないため,進行性食道癌の5年生存率は約20% と低い.したがって,癌発生の高い危険因子を持つ患者の識別法と癌の進行を抑制する治療薬が必要とされている.NSAIDs は大腸腺癌の進行を抑制することが証明されており(Cancer. 1994;74:2885-2888.),その他にも胃癌や肺癌などの進行も抑制すると考えられている.

その機序の一つとして,シクロオキシゲナーゼ(COX)-2阻害の関与が示唆されている(Proc Natl Acad Sci USA. 1997;94:3336-3340.).COX-2は多くの腫瘍発生時の初期段階に誘導され,アポトーシス抑制による細胞の寿命の延長,血管新生の促進,および細胞回転や増殖因子の発現に影響を及ぼすことで癌の増殖に寄与していると考えられている(Ann Clin Lab Sci. 2000;30:3-21.).バレット食道炎は食道癌の危険因子とされ,事実,この疾患から食道癌に至る確率は正常状態における発生頻度の約30-40倍である.

このバレット食道炎の病変部は胆汁酸や胃酸に曝露されているため,COX-2が誘導されていることが報告されている.興味ある事実として,バレット食道炎病変部から摘出した粘膜細胞にCOX-2選択的阻害薬を作用させると細胞増殖を抑制するという報告がある(J Natl Cancer Inst. 2002;94:406-407.).これらの事実から,アスピリンを含むNSAIDs の使用はバレット食道炎および食道腺癌を抑制する可能性が示唆された.(Gastroenterology. 2000;118:487-496.).

またNSAIDs は発生機序が異なるとされる扁平上皮細胞腫を抑制するが,これはおそらく炎症性反応の抑制によると考えられている.事実,扁平上皮細胞腫の高率発生地域である中国で実施された臨床報告では,発生リスクの中に炎症があることを示唆している(Cancer Res.1990;50:2268-2274.).これらの報告により,NSAIDs が食道腺癌,扁平上皮細胞腫の両食道癌を抑制する根拠は十分にあると考えられる.NSAIDs の抗腫瘍作用についての報告は多数あるが,ヒトにおける臨床での癌抑制効果や症状の進行に対する効果については,種々の因子(個人の体質,嗜好,環境など)が加わるため普遍的な結論を出すことは困難である.

最近,NSAIDs が食道癌に対して抑制作用を持つか否か,またアスピリンと他のNSAIDs では癌抑制効果に違いがあるか否かについて臨床報告を解析(メタ・アナリシス)した論文が発表された(Gastroenterology. 2003;124:47-68.;Gastroenterology. 2003;124:246-257).その結果,アスピリンや他のNSAIDs を服用している患者の食道癌の発生率は非服用者に比較して約40% も低いことが証明された.これらの臨床結果の解析により,in vivo,in vitro での基礎的報告に加え,疫学的,臨床的にもNSAIDs の食道癌に対する効果は大腸癌に対する抑制効果と類似していることが示唆された.

さらに,この検討によりアスピリンおよび他のNSAIDs は発生機序が異なる食道腺癌,および扁平上皮細胞腫を同程度抑制すること,またアスピリンは他のNSAIDs よりも抑制効果が高いことが立証されている.また,この報告ではNSAIDs の継続的使用は断続的に服用するよりも,癌抑制効果が顕著である事が判明した.しかし今回の検討では,1回の服用量については考慮されていない.

基礎実験においてNSAIDs の癌抑制効果はCOX-2の抑制によるものだと示唆されているため,頻度のみでなく,1回の服用量がCOX-2を十分に抑制していたかについての検討が行われるべきであろう.今後,選択的COX-2阻害薬の抗腫瘍作用の臨床における効果の評価が期待される.以上述べたように,最近の知見は基礎および臨床において,NSAIDs が食道癌への進行に対して抑制作用を持つ事を示唆している.NSAIDs はすでに抗炎症薬などとして臨床で汎用されており,報告されている副作用の症状も一般的な抗腫瘍薬のそれと比較して軽度なものである.

しかし,未だNSAIDs の食道における標的細胞の特定や分子レベルでの作用機序は解明されておらず,推測の域を出ない.そのため今後,NSAIDs の癌に対する抑制機構の解明が基礎,臨床ともに進展し,患者における有用性が確立されることが大いに期待される.


京都薬科大学応用薬理学 金谷啓子,岡部進
e-mail: ky98097@poppy.kyoto-phu.ac.jp

キーワード:バレット食道炎,COX-2,アスピリン 

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