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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

バイオナノテクノロジーの医薬分野への応用

 急速に進歩するバイオテクノロジーとナノテクノロジーは,ライフサイエンスの分野でもこれまで解明が不可能と考えられてきた生命現象を分子レベルで捉え,その解析を可能にする21世紀のテクノロジーであり,医薬品の開発にもその応用が期待されている.とくにバイオテクノロジーとナノテクノロジーのそれぞれの特徴を活かした融合領域がバイオナノテクノロジーとして発展し,治療が困難な疾病に対する新たな治療法を提示してくれる可能性も高い.

現在のところ,ナノテクノロジーの医薬品開発への応用は,効率的な薬物送達や薬物放出をナノ粒子の利用で制御しようと製剤分野を中心に進められている.最近Uwatoku らは,腫瘍組織に集積するドキソルビシン含有ナノミセル(NK911,平均径40nm)に着目し,この薬剤をバルーン傷害後の動脈硬化モデルラットに適用して,その動脈硬化抑制作用について検討した(Circ Res.2003;92:e62-e69.).その結果,ドキソルビシン含有ナノミセル投与群では,同量のドキソルビシン単独投与群に比べ,有意な動脈硬化病変の形成抑制が観察された.

またドキソルビシン含有ナノミセル投与群では,傷害部位でのドキソルビシン濃度がドキソルビシン単独投与群に比べ高く,血管透過性の亢進したバルーン傷害部の頸動脈に,ドキソルビシンが効率的に送達されていることが明らかとなった.一方用いられた薬物濃度では,肝・腎機能,体重増加率,血行動態などに変化はなかった.別の報告ではin vitro の系で,薬物含有ナノミセルの傷害部位への集積を,Gd を結合させたナノ粒子を用いることでMRI により視覚化する試みも行われており(Circulation. 2002;106:2842-2847.),近い将来in vivo での薬物動態の可視化,すなわち傷害部位における薬物濃度の正確なコントロールも可能になると考えられる.

半導体量子ドット(量子ドット)の医薬分野への応用も検討されている.量子ドットは粒子径が10nm 以下の無機ナノ結晶体で,粒子サイズや組成により異なった安定な蛍光を発することが知られている.Akerman らは,この量子ドットにペプチド鎖を会合させることで,静脈内投与した量子ドットを特定の組織に集積させることに成功した(Proc Natl Acad Sci USA.2002;99:12617-12621.).また量子ドットの発する蛍光は,多くの場合標的細胞の細胞質で観察され,量子ドットが何らかの機構により細胞内に取り込まれることを示唆している.量子ドットは,薬物のターゲッティングだけでなく,疾病マーカーとしての応用も期待されており,今後新たな早期診断薬の開発に利用されるかもしれない.

さらに化学修飾した量子ドットを,ナノサイズカプセルの蓋として利用する試みも報告されている(JACS. 2003;125:4451-4459.).この報告では,ナノサイズカプセルと量子ドットをジスルフィド結合させることでカプセルに蓋をし,カプセルからの薬物の放出を還元剤の後投与で制御した.この系ではカプセル内に水溶性の薬物(この報告では,神経伝達物質の一つとしてATP を用いた)を詰めることができ,水溶性薬物の組織特異的送達が可能であると考えられる.化学材料と生物材料をハイブリッドさせたナノ素子(nanocomposite)も,医薬分野への応用を目指した研究開発が盛んに行われている.金ナノ粒子とDNA をハイブリダイゼーションさせたナノ素子を用いると,相補的配列をもつDNA との結合・解離が高周波磁場の有無で制御できると報告された(Nature. 2002;415:152-155.).

磁場によるナノ粒子の誘導カップリング効果で,ナノ粒子表面の温度が局所的に上昇し,ハイブリダイズしていたDNA が解離するという.またPaunesku らは,TiO2ナノ粒子とDNA オリゴヌクレオチドのハイブリッドナノ素子が,照射光依存的なエンドヌクレアーゼ活性をもつことを明らかにしている(Nature Materials.2003;2:343-346.).

こうしたバイオナノテクノロジーを基盤にして開発されたナノメディシンが,臨床で用いられるには,まだ時間がかかりそうであるが,革新的に進歩する分野であるのでそう遠い将来の話ではない.またこれまで様々な理由で開発が中止された薬物が,バイオナノテクノロジーにより日の目を見ることも十分考えられる.画期的なナノメディシンを生み出すためには,専門分野の枠組みを超えた研究者の交流や共同開発研究が不可欠である.


名古屋市立大学 大学院薬学研究科 細胞分子薬効解析学分野
村木克彦 e-mail: kmuraki@phar.nagoya-cu.ac.jp

キーワード:バイオナノテクノロジー,ナノメディシン  

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