本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。
α1
アドレナリン受容体サブタイプと機能 |
カテコラミンの応答を担っているα1-adrenergic receptor(α1-AR)は,3つのサブタイプ(1A,1B,1D)に分類される.これらの発現については,種差・部位差が顕著で,かつ普遍性に乏しく,さらに,今日まで幾多の議論が交わされてきた受容体であるものの,実際の生体中のどこでどの受容体サブタイプが機能的に優位であるかなど,多くの点が未解決であった.生理的意義を調べる方策として,サブタイプ選択的な作動薬あるいは遮断薬を用いる薬理学的なアプローチは,サブタイプの機能を説明できる決定的な手段とはなりえない. また,α1-AR mRNA 発現は実際に機能している受容体タンパクの発現と必ずしも相関しないこともありα1-AR サブタイプに関しては,これまでにもさまざまな方面から薬理学的な論議が続いてきた.遺伝子改変動物を用いた受容体サブタイプの機能解析は,動物種差という難点はあるものの,これらの疑問に答える最も有効な手段であると言えよう.特に受容体欠損動物を用いることの利点は,その残余する機能を解析することにより,予めその受容体にはどのような生理学的役割が割り当てられていたかを明らかに出来ることである. β-AR サブタイプに関しては,それら受容体遺伝子の欠損動物が比較的早くから作製されたため,既にかなりの数の報告がある.一方α1-AR サブタイプ欠損マウスに関する研究は,β-AR と比べていささか出遅れた感が否めないが,最近になってようやくその扉が開き始めた.心筋細胞には,少なくとも6種のARs(β1,β2,β3,α1A,α1B,α1D)が存在している. 受容体発現数を考えると,心臓で最も機能的に優位な受容体はβ1-AR であり,cAMP/PKA 経路を介して電位依存性カルシウムチャネルやphospholamban がリン酸化され,心機能の亢進に寄与している.α1-AR はmRNA レベルでは3種とも検出されるが,実際に心筋細胞で機能しているサブタイプは,α1A とα1B であるようである.遺伝子改変動物としてもっぱら用いられるマウスの心筋では,α1A はGq を介して陽性変力作用を発現するが,α1B はGi を介してCaチャネルの開口を抑制し,むしろ陰性変力作用を発現する(J Pharmacol Exp Ther.1998;286:489).心肥大は実験的にnorepinephrine(NE)長期投与によって惹起されるが,この心肥大をもたらすシグナルは,β-AR ではなくα1-AR が起点となるようである.β1・β2-ARdouble KO マウスでも心臓サイズの減少は見られない(J Biol Chem. 1999;274:16701)が,α1A・α1B-double KOマウスでは生後の心臓の発達のみが抑制される(J Clin Invest. 2003;111:1783). さらにNE によって惹起される心肥大は,α1B-AR KO マウスでは認められない(Circulation.2002;105:1700)ので,心肥大に関与しているサブタイプはα1B-AR であろう.興味深いことに,α1B-AR過剰発現(TG)マウスでは,constitutively active(恒常的活性型)α1B-AR を過剰発現させた場合のみ心肥大が起こるという(Proc Natl Acad Sci USA. 1994;91:10109).これに対して,α1A-AR KO マウスでは心収縮機能が低下するが,形態的には全く正常であり(Proc Natl Acad Sci USA. 2002;99:9474), またα1A-AR TG マウスでは心肥大は認められず,収縮機能が亢進するという(Circ Res.2001;89:343).従って,α1A-AR は収縮弛緩のような心臓の動的な機能に関与し,α1B-AR はむしろ心筋細胞のgrowthに関与する受容体サブタイプである可能性が高い.α1D-AR は冠血管に存在しており,血管収縮反応に関与する(J Pharmacol Exp Ther. 2003;305:1045).α1A・α1B-double KO マウスでもphenylephrine の投与によって左心室発生圧が低下するので,心機能に影響するα1DARが存在する可能性があるが,どうやらこの陰性変力作用は冠血管収縮作用による冠流量低下に起因する二次的な影響らしい(Am J Physiol. 2003;284:H1104). α1D-ARはサブタイプの中では唯一恒常的活性型受容体(Am J Physiol. 2002;282:H475)であり,その欠損マウスの正常時血圧はwild type に比べて低く,またカテコラミンに対する昇圧応答も減弱する(J Clin Invest. 2002;109:765).これに対して,α1A-AR KO ではwild type より低血圧のフェノタイプを示す(Proc Natl Acad Sci USA. 2002;99:9474)が,α1B-AR KO では正常血圧は変わらない(Proc Natl Acad Sci USA.1997;94:11589).興味あることに,α1A・α1B-double KO マウスでも血圧はwild type と差がない(J Clin Invest. 2003;111:1783).これらの事実は,心臓では脇役であったα1D-AR は,全身循環という観点から血管のトーヌスを維持するために極めて重要なα1-AR サブタイプであるということを示している. 受容体欠損あるいは特定受容体サブタイプの過剰発現モデルは,受容体の機能解析を目的とするならば,かなり結論的な回答が導き出せよう.しかしながら,これはマウスというある特定種に限定されるべきであり,必ずしも普遍的な事実となる回答ではない.マウスで実験したことのある者であれば誰しもが経験することであるが,正常時の心拍数がヒトの10倍もあるような心機能や循環動態をそのままヒトの心血行動態に置き換えようとする試み自体,無理があることを当然承知し,事象を解析すべきであろう. 昨年末に最終結果が公表されたALLHAT 試験(JAMA2002;288:2981)は,既に途中経過の段階でα1遮断薬ドキサゾシンの冠動脈疾患の発症予防効果が利尿薬よりも劣ることを明らかにした(JAMA 2000;283:1967).この事実はα1-AR を研究対象としている者にとっては,少々残念な結果であった.しかしながら,α1-AR サブタイプKO マウスが教えた最も大きな教訓のひとつは,いずれのサブタイプのホモ欠損マウスでも正常に誕生し,ほぼ正常に発育するという事実であろう.つまり,ACE 阻害薬とは異なり,"α1-AR 遮断薬は妊婦にも安全な高血圧治療薬である"ということを再確認させたことであろう.
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東京薬科大学第一薬理 奈佐 吉久,竹尾 聰 |
キーワード:α1アドレナリン受容体,ノックアウトマウス, 恒常的活性型受容体 |