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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

薬物ターゲットとしての水チャネル

 水チャネルはヒトでは13のメンバーが同定されている(AQP0~AQP12).この数はセンチュウの11やショウジョウバエの8に較べると多いが,シロイヌナズナの35にははるかに及ばない.一方水チャネルの機能の多様性も明らかになりつつあり,気体(CO,CO2,NO,NH3)やイオン(Na,Cl,ホウ酸,亜ヒ酸,硝酸,アンチモン)を通すものが報告されている.

残念ながら現在のところ水チャネルに特異的な抑制薬や刺激薬は見つかっていない.ただ欠損病態の検討から水チャネルは当初考えられていた程生存に必須のタンパクではなく,また致死的でないのは複数存在する水チャネルが代償するためではないこと,さらに尿濃縮,外分泌,脳浮腫,皮膚湿潤,聴覚,視力,消化管吸収などにおいて重要な役割を演じていることが明らかになってきた.このことは水チャネルをブロックする薬剤には致死的な副作用や別の水チャネルの代償による耐性が少ないと考えられ,薬物ターゲットとして水チャネルは魅力的である.

現在のところノックアウトマウスを中心とした水チャネルの欠損病態が明らかになっているのはAQP0からAQP5までであり,さらにAQP0,AQP1,AQP2,AQP3,AQP7についてはヒトでの欠損も発見されている.またAQP10はマウスでは偽遺伝子であること(天然のAQP10ノックアウトマウス),AQP11のノックアウトマウスは嚢胞腎で離乳前に腎不全で死ぬことを我々は薬理学会で発表した.ここでは各臓器ごとに水チャネルを制御する薬物の有用性について考察してみたい.まず有用性が期待できるのは腎臓における尿濃縮への作用であろう.

AQP1,AQP4の関与は少ないがAQP2とAQP3はその欠損で腎性尿崩症になるので(ただしヒトのAQP3の関与は少ない)これらの阻害薬は低ナトリウム血症を呈する浮腫の治療に有用と考えられる.最近ニッケルや酸がAQP3特異的に機能を阻害することが報告されたが,阻害様式の構造的基盤が明らかになればそれぞれの水チャネルに特異的に作用する阻害薬が開発できる可能性がある.次に考えられるのが外分泌腺における有用性である.ドライアイやだ液分泌低下に対してはAQP5(管腔膜)やAQP8(血管側膜)の機能を高める薬剤が有用と考えられる.

また鼻粘膜,気管,気管支の分泌を増やすにはAQP5(管腔膜)やAQP3,AQP4(血管側膜)の機能亢進が有効と考えられる.逆に分泌の増える鼻アレルギーや気管支喘息では抑制薬が有用かもしれない.また消化管における有用性も考えられる.小腸での水の吸収には水チャネルの役割はそれほど大きくないが,脂肪の分解産物であるグリセリンの吸収にAQP3,AQP7,AQP8,AQP10,AQP11が関与している可能性があり,これらの阻害薬で肥満の改善が期待できる.

また大腸での水の吸収にはAQP3,AQP4の関与している可能性があり,これらの阻害薬は理想的な便秘薬になりうる.またAQP1,AQP8,AQP12は胆汁や膵液の分泌に関与しているのでその刺激薬は消化薬として働きうる.脂肪代謝に水チャネルが関与するのは消化管での脂肪の吸収だけでなく,グリセリンの脂肪細胞からの流出(AQP7)と肝細胞への取り込み(AQP9)に水チャネルが関与することが知られている.これらを調節することによって肥満や脂肪肝の治療薬の開発が期待される.

目にも多くの水チャネルが発現している.AQP0はレンズに特異的に発現しており白内障の治療薬の,またAQP1は眼圧に関与しており緑内障の治療薬のターゲットになりうる.角膜にはAQP1,AQP5が発現しており角膜浮腫の治療薬の開発が期待できる.また皮膚の保湿にAQP3のグリセリン輸送が関与することが示され,AQP3の機能を亢進させる薬剤は美容的にも注目されうる.もちろん乾燥による皮膚掻痒症や皮膚潰瘍の治療薬にもなりうる.グリア細胞に発現するAQP4のノックアウトマウスでは虚血後の脳浮腫が軽減することが報告されており,AQP4阻害薬は脳浮腫の治療薬として有望である.

AQP9もグリア細胞に発現しているので同様の薬剤の開発が期待できる.ただAQP4のノックアウトマウスでは聴力障害,視力障害を生じるので組織特異的な薬剤が求められる.またヒトでは明らかでないが,AQP1のノックアウトマウスでは脊髄の知覚低下があり,新しい鎮痛薬や麻酔薬の開発に繋がりうる.この他にも欠損病態の解析をすすめても水チャネルの生理的役割が解明されていない臓器がある.例えば精巣には多くの水チャネルが発現しているが(AQP1,AQP2,AQP7,AQP8,AQP9,AQP11),その役割は不明である.

しかしこれらをターゲットにして不妊の治療薬や避妊薬の開発ができる可能性がある.また造血系にある水チャネルは貧血(AQP1,AQP3)や免疫異常(AQP9,AQP11)の治療薬の開発のヒントになるかもしれない.一方血管内皮にはAQP1が発現しており,動脈硬化や糖尿病性網膜症などの治療薬,さらには血管をターゲットにした抗癌剤が可能になるかもしれない.まだ水チャネルの役割がよく分かっていないが臨床的に重要と考えられる臓器として心臓(AQP1,AQP7),肺(AQP1,AQP5),胃(AQP3,AQP4),筋肉(AQP4)がある.

以上薬剤ターゲットとしての水チャネルの有用性について考察した.気をつけなければいけないのは(AQP0),(AQP2),AQP6,AQP10,AQP12以外は複数の臓器にわたって分布していることである.従って副作用を回避するには個々の水チャネルに対して臓器特異的なシグナル分子や結合タンパクをみつけてそれに対する作用薬を開発したり,ドラッグデリバリーを工夫したりすることが必要になる.水チャネルは構造的に類似しているので薬物の交差作用が問題になる場合にもそういう戦略が有用であろう.

昨年末に最終結果が公表されたALLHAT 試験(JAMA2002;288:2981)は,既に途中経過の段階でα1遮断薬ドキサゾシンの冠動脈疾患の発症予防効果が利尿薬よりも劣ることを明らかにした(JAMA 2000;283:1967).この事実はα1-AR を研究対象としている者にとっては,少々残念な結果であった.しかしながら,α1-AR サブタイプKO マウスが教えた最も大きな教訓のひとつは,いずれのサブタイプのホモ欠損マウスでも正常に誕生し,ほぼ正常に発育するという事実であろう.つまり,ACE 阻害薬とは異なり,"α1-AR 遮断薬は妊婦にも安全な高血圧治療薬である"ということを再確認させたことであろう.


自治医科大学 腎臓内科 石橋 賢一 e-mail: kishiba@jichi.ac.jp

キーワード:アクアポリン,創薬,ノックアウトマウス  

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