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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

ジギタリスとNa-Ca 交換ノックアウトマウス

  ジゴキシン,ジギトキシン,ウアバインなどの総称であるジギタリスは強心配糖体と名づけられるほど,その強心作用は有名で,使われてきた歴史は長い.だが,その作用機序については,最近の薬理学教科書でも,以下のように曖昧さが残っていた.

「この(Na+,K+-ATP アーゼ)抑制が収縮力増強作用と関連性があるかどうかの証明は十分にはなされていない」(NEW 薬理学. 改訂第4版. 南江堂;2002.383頁).

「心臓に対する治療効果(陽性変力作用)は,主にこのNa+/K+ ATPase 阻害作用によるものと考えられている.」(カッツング薬理学. 原書8版. 丸善; 2002.220頁).

しかし,ついにジギタリスの作用機序の決定的な証拠を示す論文が発表された.カリフォルニア大学のKen Philipson 教授のグループによる"The Na-Ca exchanger is essential for the action of cardiac glycosides.Reuter H et al. Circ Res.2002;90:305-308"である.ジギタリスは,Na-K ATPase を特異的に阻害する.すると,細胞内Na 濃度が上昇し,細胞内外のNa の濃度差,即ち濃度勾配が減少する.そのため,Na の濃度勾配をエネルギーとし,交換比3:1でNa とCa を逆方向へ輸送するNa-Ca 交換体によるCa 排出が減少する.

この時,心筋の活動電位の脱分極相では,Ca 排出のための駆動力が逆転し,Na-Ca 交換の逆回転モードを介して,Ca 流入が起こる.このような機構で細胞内Ca 濃度が上昇し,強心作用が起こると解釈されてきた.しかし,決定的な証拠は上記論文の次の実験結果が報告されるまで示されていなかった.Philipson 等は,Na-Ca 交換体(NCX)のノックアウトマウスを作成した.このマウスは,NCX+/-なら生まれるが,NCX-/-は致死性で,受精後11日目までしか生きない.

そこで,彼等は受精後9.5日のNCX-/-とNCX+/+心臓を用いて,ウアバインの作用を調べた.9.5日目のマウス胎児の心臓は,まだ管状だが,自発的な細胞内Ca 上昇,いわゆるCa トランジエントを測定することができる.彼等は,この管状心を摘出し,fura-2AM を取り込ませて細胞内Ca を測定した.NCX+/+もNCX-/-も同様に,1Hzのフィールド電気刺激に対し,心臓標本に細胞内Ca トランジエントが起こる.このとき,細胞外液にウアバインを加えると,NCX+/+では,弛緩期と収縮期の両方の細胞内Ca 濃度に顕著な上昇がみられた.NCX-/-では,ウアバインを加える前後で変化がなかった.

このことは,ウアバインの強心作用に,NCX が必要不可欠であることを明らかに示している.即ち,上記の作用機序の解釈どおり,ジギタリスは,Na-K ATPase を抑制し,Na-Ca 交換を介して,細胞内Ca 濃度を高め,強心作用をひき起こしているのである.これと関連して,最近,あたかもジギタリス中毒にみられるような不整脈,さらに突然死を表す遺伝子変異が報告された(Mohler et al. Nature. 2003;421:634-639).4型Long-QT 症候群を示すフランスの家系の遺伝子を解析して分ったもので,アンキリンB(または,アンキリン2)という膜の裏打構造蛋白の1425番目のグルタミン酸が,グリシンに置換していた.

この遺伝子変異をマウスに再現すると,いろいろな臓器でアンキリンB の量が減少していたが,特に心筋では,T 管のアンキリンB とともに,それに付着しているNa-K ATPase のα1とα2アイソザイム,Na-Ca 交換体,それにイノシトール3リン酸受容体も減少していた.Na チャネル,L 型Ca チャネル,リアノジン受容体,Ca ATPase には変化がなかった.変異マウスにのみ,運動負荷やエピネフリン投与で不整脈が誘発され,突然死も起きた.つまり,Na-K ATPase の量的減少は,ジギタリスでNa-K ATPase を部分的に抑制した状態と同じで,そのとき,運動や交感神経の興奮で心拍数が増えると,Na とCa の心筋内への流入が増え,細胞内NaとCa 濃度の上昇をきたす.Na-Ca 交換も減少しているため,Ca 過負荷になりやすく,Na-Ca 交換電流によるdelayed after-depolarization(DAD)やearly after-depolarization(EAD)と呼ばれる不整脈が起こる.

昔に比べてジギタリスの使い方が限定されてきた今日,あたかもジギタリスの作用を模倣するような遺伝子疾患が見つかったり,内因性ジギタリスの存在が示唆されている.これは,もしかしたら創造の神がジギタリスという傑作をいとおしんでいるからかもしれないなどと想うのは,・・・あまりに狂信的かしら.

福島県立医大・医・薬理 木村 純子
e-mail: jkimura@fmu.ac.jp

キーワード:ジギタリス,Na-K ATPase,Na-Ca 交換   

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