本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。
抗アルドステロン利尿薬による臓器保護作用 |
レニン-アンジオテンシン系(RAS)は,高血圧の病態に重要な役割を担うことが確認され,その産生酵素であるアンジオテンシン変換酵素(ACE)の阻害薬が開発された.ACE 阻害薬は,RAS の最終産物であるアンジオテンシン(Ang)II の産生を抑制することにより,血圧を下げるのに有用であるが,単なる降圧作用のみならず,脳,心臓,腎臓の臓器障害を予防することも明らかとなった.さらに,その後開発されたAng II 受容体遮断薬(ARB)も同様の臓器保護効果が確認されたことより,Ang II こそが,臓器障害を誘発する物質として重要であると考えられた. 一方で,古くから知られていたレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)の最終産物であるアルドステロンは,水・電解質代謝や心不全に深く関与することが知られていたにも関わらず,臓器障害におけるアルドステロンの役割は,あまり語られることがなかった.しかし,臨床試験「RALES」において,抗アルドステロン利尿薬を併用すると重症心不全の死亡率が劇的に低下することが報告され(1),抗アルドステロン利尿薬による臓器保護効果がにわかに脚光を浴びるようになった.一般的に,アルドステロンの産生・分泌には,Ang IIによる副腎球状帯の刺激作用が良く知られていた.従って,ACE 阻害薬やARB は,アルドステロンの分泌抑制に有効と考えられてきた. しかし,実際にはACE 阻害薬の長期投与では,血漿中のAng II 濃度が抑制されているにも関わらず,血漿中のアルドステロン濃度は抑制されない.このACE 阻害薬存在下で血漿中のアルドステロン濃度が低下しないことを,アルドステロンエスケープと呼ぶ.このエスケープしたアルドステロンによる臓器障害が,最近注目されている.この原因に関しては,キマーゼのようなACE とは異なるAng II 産生系の存在が考えられたが,ARB においてもアルドステロンエスケープがみられることから,Ang II とは異なる調節機構の存在が示唆される. 近年,アルドステロンの産生・分泌が,副腎以外に心臓や血管でも行われる可能性が示唆されている.正常の心臓や血管からのアルドステロンの生成量は,副腎からのものと比べると非常に少なく数10分の1である.しかし,ラット心筋梗塞モデルやヒト心不全において,心室のアルドステロン量の増加が確認されている(2,3).これらのことは,心臓病変における局所アルドステロン産生の重要性を示唆するが,組織中アルドステロンを増加させる因子は不明である.アルドステロンは,腎尿細管でその受容体である鉱質コルチコイド受容体(MR)を介して核内へ移行し,体液調節において重要な働きをする. 一方,ラット腎障害モデルにおいて,ARB はタンパク尿と糸球体硬化を軽減するが,このARB によるタンパク尿と糸球体硬化の改善作用は,アルドステロンを投与すると減弱する(4).このことは,腎臓障害が,Ang II とは別にアルドステロン独自の作用でも惹起される可能性を示す.心臓にもMR は存在する.そして,ラットの両腎摘出モデルで,アルドステロンとナトリウムを持続注入した場合,Ang II 濃度が抑制されているにも関わらず,心筋線維化が認められ,そして,この線維化は抗アルドステロン薬で抑制される(5). このことは,腎臓同様にAng II とは別にアルドステロン独自の心臓線維化促進作用を示唆する.アルドステロン受容体と組織線維化の関連性について,最近,興味深い報告が相次いでいるが(6),その詳細なメカニズムに関しては不明である.アルドステロンは,内分泌的に全身性に作用を及ぼす物質であると考えられてきたが,局所での産生や取り込みを介して,臓器障害に重要な役割を担っている可能性がある. 今後,アルドステロンを含めた組織RAAS の機能解析が進むにつれ,抗アルドステロン薬単独,もしくは,抗アルドステロン薬とACE 阻害薬やARB とを組み合わせることにより,新たな臓器保護のストラテジーの確立が期待されている.
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大阪医大・薬理
高井 真司 |
キーワード:アルドステロン,線維化,臓器保護 |