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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

胃粘膜損傷の発生における内因性
エンドセリン-1 の役割

 エンドセリンはブタ大動脈の内皮細胞の培養液中から単離,精製された21個のアミノ酸残基からなるポリペプチドで,これまでにエンドセリン-1,-2,-3の3つのアイソフォームが同定されている.いずれも分子中に2個のジスルフィド結合とC 末端のトリプトファン残基を有しており,これらがエンドセリンファミリーの活性化に必須の因子であると考えられている.

中でもエンドセリン-1(ビッグエンドセリン-1前駆体からエンドセリン変換酵素-1により産生)は強力かつ持続的な血管収縮作用を持っており,その為様々な病態との関連が注目されている.今回はエンドセリン-1が胃の虚血再灌流損傷,ストレス損傷,インドメタシンおよびエタノール誘起損傷などの成因に関与している可能性および胃潰瘍の治癒段階における役割を紹介する.

まず,Lazaratos らがエンドセリン-1を胃の漿膜下に投与することにより胃粘膜損傷が誘起されることを報告した(Am J Physiol. 1993;265:G491-G498).その成因として,Watanabe らはエンドセリン-1により胃粘膜内に虚血再灌流状態が誘起され,ICAM-1-CD18経路を介した好中球の凝集を示唆している(Dig Dis Sci. 2000;45:880-888).更なる興味ある知見として,Hassan らはラットの胃虚血再灌流胃損傷モデルにおいて,15分間の虚血後および30分間の再灌流後に胃組織のエンドセリン濃度が有意に増加することを報告した(Dig Dis Sci. 1997;42:1375-1380).

その損傷発生は,ラジカルスカベンジャー処置下よりもボセンタン(エンドセリン受容体拮抗薬)処置下の方がより強力に抑制された.Said らは水浸拘束ストレスにおいて胃および十二指腸において出血性損傷が生じるとともに,経時的に血漿中エンドセリン-1濃度が増加し,またボセンタンにより損傷の発生が有意に抑制されることを報告した(Regul Pept. 1998;73:43-50).Slomiany らはヘリコバクター・ピロリ菌(ピロリ菌)感染により胃粘膜のエンドセリン変換酵素-1の発現が増強され,エンドセリン-1の増加および腫瘍壊死因子アルファの誘導を引き起こすことを報告した(Biochem Biophys Res Commun.2000;267:801-805).

さらに彼らはインドメタシン誘起胃損傷においてエンドセリン変換酵素-1活性およびエンドセリン-1濃度の増加を確認した(Biochem Biophys Res Commun. 2000;269:377-381).その他に,Masuda らはラットのエタノール胃損傷モデルにおいて,血漿中および胃粘膜中のエンドセリン-1の増加,抗エンドセリン-1血清の前処置による損傷の抑制を報告した(Am J Physiol.1993;265;G474-G481).興味深いことに,Iaquinto らはヒトに40% エタノールを投与した結果,胃の幽門部,胃体部に出血性損傷が生じ,血漿中および胃粘膜中のエンドセリン-1の増加することを報告した(Dig Dis Sci. 2003;48:663-669).

以上,各種急性胃損傷の発生には内因性エンドセリン-1が重要な役割を果たしていることが示唆される結果を列挙した.近年ではエンドセリン受容体の研究が進み,エンドセリン受容体にはETA 受容体とETB 受容体の2種類が存在し,これらの受容体にはいくつかのサブタイプが存在することも明らかとなってきている.エンドセリンによる血管収縮作用は血管平滑筋に存在するETA 受容体(エンドセリン-1に特異的)を介したものであることが知られている.一方,ETB 受容体(3つのアイソフォームに対する親和性はほぼ同等)は主に血管内皮細胞に存在し,これにエンドセリンが作用すると,一酸化窒素を産生し,間接的に血管拡張を引き起こすことが知られている(J Clin Invest.1993;91:1367-1373).

Nakamura らは単離したラットの胃においてETA,ETB 受容体が交感神経終末に存在し,これにエンドセリンが作用することでノルアドレナリンの放出が抑制されること,とくにETA 受容体を介したノルアドレナリン放出の抑制は百日咳菌毒感受性機序を介することを報告した(J Pharmacol Sci. 2003;91:34-40).Boros らはエンドセリン受容体の選択的作動薬および拮抗薬を用いて,エンドセリン-1がETA 受容体を介して肥満細胞の脱顆粒を引き起こし,回腸粘膜に損傷を誘起したことを報告した(Clin Sci. 2002;103:31S-34S).

一方,Akimoto らは,ピロリ菌感染患者の胃潰瘍の治癒段階では胃粘膜にエンドセリン-1およびエンドセリン受容体であるETA 受容体のmRNA が強く発現し,このエンドセリン-1がETA 受容体を介して血管平滑筋細胞および周皮細胞の増殖を促進することを報告した(Clin Sci. 2002;103:450S-454S).また,Kimura らはマウス酢酸潰瘍モデルにおいて,エンドセリン-1が筋線維芽細胞上のETA 受容体を介して潰瘍の治癒を促進することを報告している(Ulcer Res. 2002;29:107-109).

これらの事実からエンドセリン-1は,胃潰瘍の治癒段階において潰瘍底部での血管新生を促進し,潰瘍の治癒を促進していることが示唆された.エンドセリン-1が急性心筋梗塞,高血圧,急性腎不全など様々な疾患と関連していることが解明されているが,上述したように胃粘膜においてもエンドセリン-1が急性胃損傷の発生や潰瘍の治癒に重要な役割を担っている可能性は極めて高いことが推定されている.現在,エンドセリン受容体の拮抗薬およびエンドセリン変換酵素阻害薬の開発,それらを用いた疾患の治療方法の確立に多様な努力がなされている.

今後,この方面の研究が進展することにより,胃炎,胃潰瘍の予防,治癒促進または再発予防のためにより有用な薬物の開発が期待される.


京都薬科大・応用薬理 小谷 透,岡部 進
e-mail: ky99113@poppy.kyoto-phu.ac.jp

キーワード:エンドセリン,虚血再灌流モデル,胃損傷     

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