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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

神経性α7 型ニコチン受容体の新しい生理機能

 ニコチン受容体はイオンチャネル一体型リガンド作動性受容体である.ヒトにおいては, 6種(α1-7,α9-10 ,β1-4, δ,ε,γ)のサブタイプが報告されており,それらが, ホモもしくはヘテロ五量体を形成して,その組み合わせに よりそれぞれの構造に特異的な薬理学的特性を示す.神経 筋接合部のニコチン受容体と同様に神経性ニコチン受容体 も神経伝達物質アセチルコリンの神経伝達を司ることがその主要な機能である.

しかし,α7型ニコチン受容体(α7)の新たな機能として,血液細胞であるマクロファージに神経性ニコチン受容体が存在することが明らかとなり,免疫系において炎症調節因子として有用に働いていることが Nature 誌に報告(Nature. 2003;421:384)されたので紹 介する.Tumour-necrosis factor(TNF)の過剰遊離は,敗血症,関節リウマチ,炎症性消化器疾患の発症や致死率増加の要因となる.通常,正常人では免疫系の適切な調節により過剰な炎症を防いでいるが,神経系も「コリン性抗炎症機構」 と称する生理機構を介して,すなわち迷走神経活性化によるマクロファージからの TNF遊離抑制を介して炎症の拡大を防いでいる.

しかし,迷走神経刺激により活性化されるマクロファージのアセチルコリン受容体の種類は今まで明らかではなかった.Wang等は,マクロファージからのTNF遊離をアセチルコリンが抑制する機構に神経性α7が関与していることを発見した.その根拠は以下の通りで ある.

1)ヒトマクロファージの細胞表面にはFITC標識ブンガロトキシン(α-Bgt)が結合する.
2)哺乳類のα-Bgt結合性ニコチン受容体は,現在,α1,α7,α9とされているが,RT-PCR 解析よりヒトマクロファージには,α1,α7,α10の mRNA が存在したが,α9は確認できなかった.
3)Western blotting法により,ヒトマクロファージにはα7タンパクが確認されたが,α1タンパクは確認できなかった.4) α-Bgt 結合ビーズを用いて,ヒトマクロファージよりpull-down したタンパクは,PC-12細胞から pull-downしたα7と同じ分子量を持つタンパクであった.さらにヒトマクロファージが有するα7mRNAの全配列は,すでに知られている神経性α7の配列と一致した.
5)以上のことから,ヒトマクロファージ表面には,α-Bgt 結合性の神経性α7が存在する.


6)次にα1,α7,α10遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド(AS)でそれぞれ処置したマクロファージにおいて,α7ASで処置されたマクロファージのみ,lipopolysaccharide(LPS)誘発TNF遊離に対するニコチンの抑制作用が減弱したが,α1AS およびα10AS 処置では無影響であった.さらにα7AS 処置により,FITC 標識α-Bgt の表面結合が減弱した.このことは,マクロファージにおけるコリン性 TNF 遊離抑制機構にα7が特異的に必要であることを示している.
7)また,α7ノックアウトマウスにおいて,菌体内毒素投与後の TNF 血清レベルは,野生型と比較して有意に高値であった.さらに in vitro において,この動物由来のマクロファージに対する LPS 誘発 TNF 遊離は, アセチルコリンにより抑制されなかった.
8)さらにα7ノックアウトマウスと野生型の迷走神経を電気刺激した.野生型ではTNF遊離が有意に抑制されたが,ノックアウトマウスでは抑制されなかった.以上の実験結果から,α7はコリン性抗炎症機構においてサイトカイン遊離を抑制する重要な働きをすると結論している.

加えて著者等は,肥満細胞,ミクログリア,Kupffer cell などの免疫細胞もα7を有し,アセチルコリンの抗炎症効果に関与している可能性があること,さらに免疫細胞のα7をターゲットとしたコリン作動性薬物が TNF や他のサイトカイン遊離を抑制する抗炎症薬となる可能性を示唆している.現在,神経性α7は,大脳皮質,海馬において神経終末に存在し神経伝達物質遊離を促進する(Science.1995;269:1692),てんかん発症と関連する(Behav Brain Res.2000;113:57),アゴニストである GTS-21が認知行動を改善したので痴呆症に関連する(Brain Res.2000;113:169),GTS-21は精神分裂病に特徴的とされる sensory processing deficit を 改 善 す る(Psychopharmacology. 1998;136:320-327), 鎮痛作用がある(Neuropharmacology.2000;39:2785),など神経機能に関与することが議論されている.

しかし,神経系以外にも,血管内皮細胞の7刺激が血管新生を促進するとの報告(J Clin Invest. 2002;110:527)に加えて,このたび紹介した免疫系細胞にも機能していることは,α7タンパクが単にイオンチャネル作用のみならず,代謝型受容体のように振る舞い,様々な細胞内情報伝達に関与して いるのではないかとも推察できる.神経性α7の研究がさらに発展することを希望して止まない.

広島大・院・医歯薬学総合研究科 神経・精神薬理 松林弘明,酒井規雄
e-mail: hmatsuba@hiroshima-u.ac.jp
キーワード:神経性7型ニコチン受容体,コリン性抗炎 症機構,ヒトマクロファージ

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