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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

mTOR 阻害薬を用いた癌治療

 mTOR(mammalian target of rapamycin)はマクロライド系抗生物質ラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼであり,細胞の分裂や成長, 生存における調節因子としての役割を果たしている.現在その阻害薬がシクロスポリン,タクロリムスに続く第3の免疫抑制剤として米国で用いられており,最近は抗腫瘍薬としての臨床試験が海外で実施されている.

これまでに種々の培養細胞においてmTOR 阻害薬(ラパマイシン,CCI-779など)による増殖抑制作用が報告されており,その多くの場合,mTOR 阻害薬は細胞周期をG1期で停止させる(Curr Opin Pharmacol. 2003;3:371- 377.).p53 やPTEN などの癌抑制遺伝子はヒト腫瘍細胞において高率に変異が認められることが知られているが, 興味深いことに,これらの遺伝子に変異を持つ細胞はmTOR 阻害薬に対して高感受性である.

Huang らは,変異p53を発現する細胞はラパマイシン処置によってアポトーシスが誘導されるのに対し,正常なp53 を導入することによりアポトーシスが回避されることを報告している(Cancer Res.2001;61:3373-3381.).最近,同グループからこのアポトーシスに至る詳細な機序が報告され,それによるとラパマイシンによるmTOR 阻害はp53 変異細胞において急速かつ持続的なc-Jun アミノ末端キナーゼ情報伝達経路の活性化,およびそれに続くアポトーシスを引き起こすのに対し,機能的なp53/p21Cip1を発現する細胞はこの経路が一過性に活性化されるのみであった(Mol Cell. 2003;11:1491-1501.).

一方,PTEN の変異もmTOR 阻害薬に対する感受性に影響を及ぼす.Yu らによると,8種類のヒト乳癌細胞の内,CCI-779感受性を示した6種の細胞はPTEN の欠損やエストロゲン受容体陽性あるいはHER2/neu の高発現などの性質を有しており,CCI-779 に耐性を示した細胞にはこのような性質が認められなかった(Endocr Relat Cancer. 2001;8:249-258.).これらの結果は,p53 やPTEN の遺伝子変異パターンを解析することにより,癌細胞のmTOR 阻害薬に対する感受性が予測可能であることを示している.

近年,腫瘍血管新生もラパマイシンによって影響を受けることが報告されている.低酸素による低酸素誘導因子(HIF-1)の活性化にはPI3K 経路が関与している(Genes Dev. 2000;14:391-396.)が,Hudson らは,mTOR がこの活性化経路において正の調節因子として働き,mTOR の阻害によってHIF-1の活性化が抑制されることを報告している(Mol Cell Biol. 2002;22:7004-7014.).さらに,その原因としてラパマイシンがHIF-1の安定化およびHIF-1の転写活性を抑制することを示している.

これらの結果から,mTOR がHIF-1活性化経路の上流に位置すること,mTOR 阻害薬の抗腫瘍活性には細胞の低酸素に対する反応を抑制する作用が一部関与することが推察される. また,血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の発現もラパマイシンによって抑制されることが報告されており,Guba らは免疫抑制に用いられる用量のラパマイシンが癌転移モデルおよび腫瘍移植モデルにおいて著明な抑制効果を発揮し, その作用機序として血管内皮細胞の増殖および管腔形成を共に抑制することを報告している(Nat Med. 2002;8:128- 135.).

加えて,彼らは現在最も幅広く使用されている免疫抑制薬シクロスポリンが同モデルにおいて腫瘍増殖を促進させることを報告している.臓器移植に伴うレシピエントへの免疫抑制薬の投与は癌の再発および新規な癌の発生リスクを高めることが知られており,この解決策として低発癌性あるいは抗腫瘍効果を持つ免疫抑制薬の開発が期待されてきた.これらの報告はmTOR 阻害薬がその要求を満たす薬物であることを強く示唆している. mTOR 阻害薬が有するその他の作用として,従来の化学療法薬や放射線治療と併用した場合,相加的あるいは相乗的な抗腫瘍活性を発揮することが報告されている.

特筆すべき点としてGrunwald らは,ドキソルビシンに対して耐性を示す前立腺癌細胞にmTOR 阻害薬の処置を行った結果,mTOR 阻害薬による増殖阻害のみならず,ドキソルビシンに対する感受性が回復したことを報告している(Cancer Res.2002;62:6141-6145.). 本稿では,このようにmTOR が新しい癌治療の標的として注目され,その阻害薬が強力かつ特異的な抗腫瘍活性を示すことを述べた.

現在3種類のラパマイシン誘導体の臨床試験が腎細胞癌および乳癌患者などを対象に実施されている.特に,p53 やPTEN の変異はヒト腫瘍の50% 以上に認められ,mTOR 阻害薬がこれらの遺伝子に変異を持つ細胞に対して選択的に効果を発揮することは,正常細胞へ攻撃を回避し,腫瘍特異的な癌治療を行う上で非常に有用な薬物であることを示している.

さらに今回紹介した抗腫瘍作用の他にも,本薬物は多発性硬化症の治療薬としても臨床試験が進められており,癌や免疫,炎症などの分野を中心に今後さらなる臨床への応用が期待される.

京都薬科大・応用薬理冨田和義,岡部進
e-mail: ug96235@poppy.kyoto-phu.ac.jp
キーワード:ラパマイシン,mTOR 阻害薬,抗腫瘍薬

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