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最近の話題 122-6-556

本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

GDNF によるパーキンソン病の治療

 パーキンソン病は,黒質におけるドパミンニューロン喪失の進行に伴う運動機能障害を主症状とする神経変性疾患である.従来から治療にはL-3,4-dihydroxyphenylalanine,(L-dopa)がドパミン補充療法として使用され,またドパミンアゴニストが奏功し広く用いられてきた.しかし疾患が進行するにつれ,L-dopa に対する効果の減弱(wearing-off)のみならず,不随意運動や幻覚といった副作用の発現が問題となる.

こういったケースの場合,埋め込み電極を用いた脳深部の電気刺激あるいは胎児由来ドパミンニューロン移植といった外科的治療が有効であるが,これらの方法では残存するドパミンニューロンの変性を抑制する神経保護作用や機能回復といった効果は期待できない.そこで進行性の神経喪失に拮抗し,神経の維持や再生を含めた脳機能改善をはかる治療戦略の開発が期待されてきた.パーキンソン病にグリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)を用いた治療がその一例である.

GDNF はドパミンニューロン特異的に生存と軸索伸長に作用する因子であることが示されて以来(Science.1993; 260:1130-1132),パーキンソン病治療への応用が模索されてきた.疾患モデル動物においては,脳内へのGDNF 直接投与が運動機能を改善し,基底核ドパミンニューロンの変性進行を抑制することが明らかにされている.Gash らは,MPTP によるアカゲザルのパーキンソン病モデルで, GDNF の黒質,尾状核および脳室内への単回投与後2週間後より行動スコアであるnon-human primate parkin-sonian-rating scale の有意な改善効果を示すこと,脳室内頻回投与が運動緩慢,筋強剛および姿勢反射障害を減少させることを報告した(Nature. 1996, 380:252-255).

また,GDNF のドパミンニューロンに対する作用に関しては, 脳室内投与群で黒質,被蓋および淡蒼球のドパミンとその代謝体DOPAK およびHVA 濃度がvehicle 群に比べ増加していること,ドパミンニューロンのマーカーであるtyrosine hydroxylase(TH)の免疫組織化学による解析から,神経線維密度の増加を伴って細胞体の大きさが増大することを示した.Grondin らは,同病態動物モデルで,線条体近傍の脳室および被殻内へのGDNF の持続注入で,投与後3カ月後において,non-human primate parkinsonian-rating scale の有意な改善作用を示した(Brain. 2002, 125: 2191-2201).

また,基底核ドパミンニューロンの形態,機能的評価からも,黒質においてTH 発現ニューロン数の20% 増加,細胞体の大きさの30% 増大,そして線条体および淡蒼球におけるドパミン代謝体がそれぞれ70%および50% 増加することを示した.さらに,同病態動物モデルにおいて,アデノウイルス,アデノ随伴ウイルスおよびレンチウイルスベクターを用いてGDNF を発現させる遺伝子治療の試みも行われている(Brain Res.2000;886: 82-98; Science.2000; 290:767-773). 一方,ヒトにおいてもGDNF の安全性,有効性に関する知見が報告されている.Kordower らの報告はヒトを対象にした最初の試験で,1人のlate stage のパーキンソン病男性患者において,GDNF の安全性を確認している(Ann Neurol. 1999: 46: 419-424).

彼らは,1カ月毎で14 カ月間,GDNF を脳室内へ直接投与し,投与期間中に悪心,食欲不振,うつおよび幻覚などの副作用を観察しているが,これは高用量で投与したGDNF が脳脊髄液を介して全身へ分布した影響であると考えている.本試験においてはGDNF の安全性は確認されたものの,GDNF 投与により症状は改善せず,死後の組織学的所見でも,基底核ニューロンの再生は見られなかった.最近,Gill らは第1相臨床試験において,5人のパーキンソン病患者を対象に被殻内に直接カテーテルを介してGDNF の持続注入を行い, その有効性を初めて示した(Nat Med. 2003; 9:589-595)彼らの試験では,高用量で投与3カ月後に頚部から上肢におよぶ電撃痛(レルミット徴候)が発現したが(これは用量の減少により消失した),Kordower らが報告したような副作用はみられなかった.

投与開始から1年後,パーキンソン病総評価基準(UPDRS)に基づく投薬時外の運動スコアは39%,日常生活動作スコアは61% 改善した.治療薬によって誘導されるジスキネジアは64% まで減少し, 慢性的GDNF 投与中には治療薬投薬時外にみられるジスキネジアが見られなくなった.18F 標識ドパミンの取り込みをポジトロン放出断層撮影(PET)スキャンにより解析した結果,投与18カ月後では被殻内のドパミン含有量が28% と大幅に上昇した.これらはGDNF がドパミン機能に直接影響することを示唆している.また予期しなかった治療効果として,GDNF 投与数週間後に嗅覚と味覚を失った3人の患者でこれらの感覚の改善が認められた.

今後は,GDNF の有効性に関して既存の標準的治療法と比較するため,多くの被験者を対象にした二重盲検法による臨床試験が求められる.また,アルツハイマー病などの他の神経変性疾患に対する神経栄養因子の治療効果についての研究とともに,薬理学的には神経栄養因子の産生を増加させる薬物の開発が期待される.

大阪大学大学院 薬学研究科 複合薬物動態学分野 小阪田正和,松田敏夫
キーワード:GDNF,パーキンソン病,第1相臨床試験

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