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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

造影剤腎症とその保護薬
ヨード造影剤は,血管造影やCT 造影などの画像診断において必要不可欠な体内診断薬で,その年間国内売上げ1,000億円以上から推定される使用回数は極めて膨大である.その一方で,造影剤腎症と呼ばれる急性の腎障害を引き起こすことが広く知られており,臨床現場における大きな問題の一つとなっている.造影剤腎症の定義は一般的に「造影剤投与後48時間以内に生じた血清クレアチニンレベルの25% 以上の上昇」と言われており,通常は1週間程度で回復する可逆的な障害である.造影剤腎症の発現率は報告により大きく異なるが通常は30% 以下である.しかし,糖尿病,心不全,高齢者,すでに腎障害を有している患者や,抗癌薬,抗菌薬,解熱鎮痛薬などを使用している患者においては,その発症頻度が50% にまで上昇し,ときに不可逆的な腎不全に陥るケースもある.造影剤腎症は,患者QOL の低下のみならず入院延長に伴う医療費増大の面でも解決されるべき問題である.
造影剤腎症の発現機序としては腎血流量の低下や腎尿細管細胞への直接的な障害が考えられているが完全には解明されていない.これまで,造影剤腎症の保護薬としては腎血流量改善薬に目が向けられ,ドパミン,カルシウムチャネルブロッカー,心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP),エンドセリンアンタゴニスト,テオフィリン等による保護作用の報告が数多くなされてきたが(J Am Soc Nephrol. 2000;11:177-182),いずれも有用な保護薬として使用されるまでには至っていない.臨床においては,現在でも排泄促進を目的とした輸液療法が唯一の有効な予防法として一般的に行なわれている.
造影剤による腎障害にラジカルが関与するとの報告が以
前よりなされている(Am J Kidney Dis.1998;32:64-71).Tepel ら(N Engl J Med. 2000;343:180-184)は,抗酸化作用を有するアセチルシステインが造影剤腎症を保護するとの臨床結果を初めて報告した.その後,主として慢性腎不全患者や危険因子を有する患者を用いたアセチルシステインの臨床成績が10報以上も次々に報告されてきた(Kidney Int.2002;62:2002-2007; JAMA.2003;289:553-558).最近Brick ら(Lancet.2003;362:598-603)は,それまでに報告された7つの信頼できるランダム化比較試験のデータをメタ解析し,慢性腎不全患者における造影剤腎症の相対リスクが,(輸液療法+アセチルシステイン)群では(輸液療法+プラセボ)群より56% 低いことを報告した.アセチルシステインは喀痰溶解薬やアセトアミノフェン中毒の解毒薬としてすでに承認されている薬で,安全性も高くしかも安価である.造影剤腎症の有効な保護薬として今後承認されていく可能性が高い.
最近我々は,培養腎尿細管細胞において造影剤がBcl-2の減少とBax の増加により,カスパーゼの活性化に基づくアポトーシスを引き起こすことを明らかにした(KidneyInt.2003;64:2052-2063).さらに,この細胞障害に対して,cAMP のアナログであるdibutyryl cAMP やプロスタサイクリン(PGI2)のアナログであるベラプロストナトリウムが,PKA やAkt の活性化に基づくCREB リン酸化を介してBcl-2の減少を抑制し,保護作用を示すことを見出した(Kidney Int. 2004; in press).ベラプロストナトリウムは血管拡張作用も併せ持つことから腎血流量の改善による保護効果も考えられ,かつ安全で安価であることから造影剤腎症に対する有用な薬剤になり得るのではないかと期待される.
腎毒性の低い新しい造影剤を用いた臨床比較試験も最近報告されている.Aspelin ら(N Engl J Med.2003;348:491-499)は,クレアチニンレベルの高い糖尿病患者において,等張性でダイマーの非イオン性ヨード造影剤イオジキサノールでは造影剤腎症の発現率がイオヘキソールよりも低いことを報告している.
造影剤は腎障害の他にもアナフィラキシーショックなどの重篤な副作用を引き起こすことがある.しかし,造影剤腎症のリスクがある患者においても必要な場合には造影検査を行わざるを得ない.検査に際しては十分なインフォームドコンセントが行われるが,それでも,検査による重篤な副作用の発生は患者および医療従事者の気持ちを大変複雑なものにする.早期の造影剤腎症の有効な予防法の確立が期待される.
(九州大学病院薬剤部矢野貴久,大石了三
e-mail: tyano@pharm.med.kyushu-u.ac.jp
キーワード:造影剤腎症,アセチルシステイン,ベラプロ
ストナトリウム,イオジキサノール

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