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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

G-protein 共役型受容体を標的とする薬物開発の多様化
現在臨床で用いられている薬物の約50% は,7回膜貫通型G protein 共役型受容体(G protein-coupled receptor, GPCR)を標的としている(Trend Pharmacol. 2001;22: 132-140).これらの薬物は,受容体アゴニスト,アンタゴニストが,いかにして受容体に高親和性に結合するか,また受容体サブタイプに特異的に結合するかを主眼として開発が行われてきた.例えば,セロトニン(5-HT)受容体には14種類のサブタイプが存在するが,サブタイプ特異的に結合する薬物,タンドスピロン(5-HT1A),モサプリド(5HT4),スマトリプタン(5HT1B/1D)などは,それぞれ抗不安薬,消化管機能改善薬,抗片頭痛薬として臨床で使用されている.
ヒトゲノムプロジェクトの完了を期に,リガンドの不明ないわゆるorphan GPCR が100種類以上存在することが明らかとなった.現在,これら受容体の内在性リガンドの検索が精力的に行われている.長年,GPCR はホモマーとして働いていると考えられており,その概念に基づき,ひとつのGPCR を発現させ,対応するリガンド探しが行われていたのであるが,近年ある種のGPCR はホモオリゴマー,あるいは他の受容体とヘテロマーを形成して細胞膜に発現していることがわかってきた.この概念は,GABAB 受容体が,GABAB(1)とGABAB(2)のヘテロダイマーではじめて機能的受容体となることが判明したことで確固たるものとなった(Nature.1998;396:683-687).鎮痛作用を有するモルヒネは,δ-,κ-,μ- と3つ存在するオピオイド受容体サブタイプのうち,主にμ受容体に結合して作用を発揮する.さらにopioid receptor-relatedreceptor として4番目のnociceptin 受容体がクローニングされた.これらクローン化受容体をそれぞれ発現させた細胞から調整した標品と,生体内標品を用いて行われた薬物特性の解析では,特性にかなり違いのあることがわかった.以前よりμ受容体にμ1,μ2,κ受容体にκ1,κ2などとさらにサブタイプが存在するのではと予想されていたが(Neuropychopharmacol. 2000;23:S5-S18),大規模なスクリーニングを行っても新規受容体は見つからず,おそらく受容体のスプライシングバリアントがその薬物特性の違いを担っているのであろうと考えられてきた.ごく最近μ3受容体に相当すると思われる新規スプライシングバリアント受容体がクローニングされた(J Immunol. 2003;170:5118-5123).しかし,スプライスバリアント受容体でも説明できない薬物特性を持つオピオイド受容体が存在するのも事実であった.
1999年にオピオイドκとδ受容体がヘテロダイマーを形成し,かつヘテロダイマーは単独の受容体の薬物特性とは異なることがわかり,生体での薬物特性はこれらヘテロダイマーの存在も考慮すべきであるという報告がなされた.その後相次いで,δ-μ,μ-nociceptin 受容体などのヘテロダイマーが存在することが判明した.例えば,κ+δ受容体の持つ特性は,κ2と分類される受容体の特性とほぼ一致する(Nature.1999;399:697-700; Curr Opin Pharmacol. 2002;2:76-81; Biochem Biophys Res Commun. 2002;297: 659-663).
これらの事実は,薬物スクリーニングにおいても,ひとつのクローン化受容体から得られる薬物特性を解析するだけでは不十分であり,単体で発現させたもの,ヘテロマーで発現させたものとで特性の比較を行うなど,慎重な薬物開発が必要であることを示唆する.
GPCR が実際に生体内でヘテロオリゴマーを形成しているのかという点についてはさらに慎重な検討が必要である.しかし近年,アンジオテンシンII type 1受容体とブラジキニンB2受容体のヘテロダイマーが妊娠中毒症の子癇を起こす人に多く発現しており,アンジオテンシンIIによるシグナルが増強されていることが判明し,ヘテロダイマー受容体が疾患の原因になっている可能性が報告された(Nature Med. 2001;7:1003-1009).この事実は,受容体ヘテロダイマー化を抑制する薬物が疾患治療に結びつく可能性を示唆させる.
この数年,GPCR 刺激以降のシグナルがかなり詳しく解析されてきた.下流に位置するβ-arrestin, Regulators of G protein signaling(RGS),G protein coupled receptor kinases(GRK)なども薬物のターゲットとして研究が開始されている(Nature Review: Drug Discovery. 2002;1:187-197; Trends Pharmacol. 2003;24:626-633).ごく最近,Gq に共役するある種のGPCR は,刺激によりIP3受容体がユビキチネーションを受けてタンパク分解され,シグナル脱感作が促進されることが判明し,ユビキチネーション修飾薬もGPCR シグナル調節薬として期待されている(Trends Pharmacol.2004;25:35-41).GPCR 発現系を用いて得られた結果が生体標品のそれと異なる場合には,生体内ではさらに深遠で複雑な細胞反応が関与しているのであろう.その詳細な解析が,受容体シグナル特異的に働く薬物,副作用を最小限に抑える薬物を生み出し,さらには新しいカテゴリーの薬物を生み出すかもしれない.
(長崎大・院・医歯薬学総合研・病態解析制御・医学系薬理 上園保仁,谷山紘太郎)
キーワード:G タンパク共役型受容体,受容体ヘテロオリゴマー,受容体リガンド検索

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