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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

キマーゼと腎臓疾患
キマーゼは,肥満細胞顆粒中に存在するキモトリプシン様セリンプロテアーゼである.この酵素は,アンジオテンシン変換酵素(ACE)と同様にアンジオテンシンI をアンジオテンシンII へ変換するが,病態組織でのみ酵素的機能を発揮すると考えられる(日薬理誌.2003;122:111-120).近年,ACE 阻害薬やアンジオテンシンII 受容体遮断薬(ARB)が,糖尿病性腎症の発症予防に有益であることが,多くの大規模臨床研究で証明され,昨年発表された米国高血圧合同委員会(JNC-VII)のガイドラインにおいてもACE 阻害薬とARB による高血圧患者の慢性腎症に対する有用性が強調された.一方,COOPERATE(Combination treatment of angiotensin-II receptor blocker and angiotensin-converting-enzyme inhibitor in nondiabetic renal disease)study においてNakao らは,非糖尿病性腎症を対象にACE 阻害薬とARB 単独,そして,それらの薬剤の併用効果の結果を昨年報告した(Lancet.2003;361:117-124).その報告によると,それぞれの両薬剤の併用は,それぞれの単独投与による腎症の進行抑制の最大効果を上回るという.また,Rossing らは,2型糖尿病患者においてACE 阻害薬最大用量でも抑制しきれなかった尿中アルブミン量が,ARB を併用することにより,降圧効果にほとんど影響しなかったにも関わらず,尿中アルブミン量を顕著に減少すると報告した(Diabetes Care.2003;26:2268-2274).これらの報告は,ACE 阻害のみでは抑制できない,つまり,キマーゼのようなACE 以外のアンジオテンシンII 産生の腎障害における重要性を示唆するのかもしれない.昨年,Haung らのグループは,糖尿病患者,そして,高血圧と糖尿病を合併している患者の腎臓線維化の程度は,腎臓内のACE の発現量よりもむしろキマーゼの発現量の方が深く関連していると報告した(JAm Soc Nephrol. 2003;14:1738-1747).この報告に対し,Editorial Comment としてRitz は,キマーゼのアンジオテンシンII 産生酵素としての腎臓線維化に対する病態生理学的な役割のみを言及するのではなく,VEGF,MMP-9,TGF-βの活性化作用,ビッグエンドセリンのエンドセリン(1-31)への変換などキマーゼの多機能性を挙げ,キマーゼの腎臓線維化における関連性とキマーゼ阻害薬の今後の可能性について紹介している(J Am Soc Nephrol.2003;14:1952-1954).
幸か不幸か,肥満細胞が19世紀終わりにEhrlich に発見されてから100年以上経過するが,肥満細胞顆粒中に見出されたキマーゼの生体内での機能は依然不明な点が多い.おそらく,正常組織に存在するキマーゼは,ほとんど酵素活性を持たないため,その機能が知られることが少なかったためであろう.Urata らが,ヒト心臓においてACE 以外のアンジオテンシンII 産生酵素をキマーゼとして同定して以来(J Biol Chem. 1990;265:22348-22357),その病態生理学的役割が一躍注目されはじめたのが現在から14年前である.我々も心血管の病態モデルを中心に解析を行い,キマーゼの病態生理学的役割の一端を解明することができた.心血管組織では,正常組織でも肥満細胞が局在し,そして,これらの肥満細胞にはキマーゼが含まれるため,キマーゼによるアンジオテンシンII 産生能の存在は正常組織でも容易に確認できる.一方,腎臓に関しては,正常な腎臓には肥満細胞がほとんど存在しない.慢性腎炎や慢性腎盂腎炎などの尿細管間質病変において,その線維化の進行に伴い,肥満細胞が集積することをPavone-Macaluseが1960年に報告したのち(Acta Pathol. 1960;50:337-347),キマーゼと腎臓線維化とを関連づける研究には,約40年を要した(Ehara et al. Kidney Int. 1998;54:1675-1683;Yamada et al. Kidney Int.2001;59:1374-1381).心血管組織に比べ,腎臓におけるキマーゼのアンジオテンシンII産生能に対する注目が遅れたのには,正常組織には肥満細胞(キマーゼ)がほとんど存在しないことと無関係ではないと思われる.
近年,経口可能なキマーゼ阻害薬が開発され,心血管病変の予防に有効であることが証明された.これら経口可能なキマーゼ阻害薬を開発したのは,ほとんど日本の製薬会社である.その理由は不明であるが,キマーゼの発見や心血管組織における役割解明に多くの日本人が関わったことと関連すると思われる.逆に,これらキマーゼ阻害薬の開発は,日本からのキマーゼ関連の研究発表に大きく貢献した.腎臓におけるキマーゼの病態生理学的役割,そして,キマーゼ阻害薬の有用性については,正に研究がスタートしたところである.
(大阪医科大学薬理学教室 高井真司(高は旧字)
e-mail: pha010@art.osaka-med.ac.jp)
キーワード:キマーゼ,腎臓線維化,阻害薬

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