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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

哺乳類におけるモルヒネの生合成
ケシ科植物Papaver somniferum の未熟果より抽出・精製されるモルヒネは,脳内のオピオイドμ受容体のアゴニストであり,その強力な鎮痛作用の反面,強い精神・身体依存も示すことから,その臨床応用は末期がん患者における疼痛治療などに制限されている.約30年前,このモルヒネがドパミンをもとに哺乳類においても生合成されるという仮説がDavis とWalsh により提唱された(Science.1970;167:1005-1007).それ以来,内因性モルヒネの存在が検討されてきたが,今回のStefano らによる報告(MolBrain Res. 2003;117:83-90)によりこの問題に対する一つの区切りが示されたことから,ここに今日までのその経緯を紹介したい.
内因性モルヒネの探索がはじまりSpector らのグループ(Proc Natl Acad Sci USA. 1976;73:2132-2136)を含む複数の研究チームは内在性のモルヒネ様化合物がヒトを含む様々な哺乳動物に存在することを報告した.その後,Hazum らはヒトおよびウシの母乳からモルヒネの単離に成功したが,モルヒネはケシのみならずその他の食物でも若干量の含有が認められることから,哺乳動物体内で見つかるモルヒネ様物質やモルヒネは食物由来である可能性が高いと結論づけられた(Science. 1981;213:1010-1012).これまでにオピオイド受容体のリガンドとしてエンケファリンやエンドルフィンなど内因性ペプチドが発見されていたが,これらはδやκ受容体にそれぞれ特異性を示し,モルヒネのようなμ受容体の内因性リガンドはまだ見つかっていなかった.そのため,その後も内因性モルヒネの存在は完全に否定されることなく,その生合成経路の存在を確認するためモルヒネ合成における前駆物質の精製やその代謝の検討が行われた.
Goldstein らはウシ脳内でモルヒネやその生合成の前駆物質であるコデインの存在を確認した(Proc Natl AcadSci USA. 1986;83:9784-9788).また,Spector らはコデインやその前駆物質と考えられるサルタリジン,テバインをラットに投与すると脳を含む様々な臓器でモルヒネ量が増加すること(Proc Natl Acad Sci USA.1986;83:4566-4567),テバインがヒツジ脳において存在することを発見した(Proc Natl Acad Sci USA. 1989;86:716-719).ヒトにおいてもモルヒネの生合成経路の存在が示唆されている.Kayeらは神経性無食欲症患者の脳脊髄液において,ラジオレセプターアッセイで測定されるオピオイドの活性が上昇すること(Am J Psychiatry. 1982;139:643-645),MatsubaraらはL-ドーパの薬物治療を受けているパーキンソン病患者の尿中ではモルヒネおよびコデイン量が上昇すること(J Pharmacol Exp Ther. 1992;260:974-978)をそれぞれ報告している.このように次々と内因性モルヒネの生合成経路が姿を現し,冒頭で紹介したStefano のグループが,ついに前駆物質であるレチクリンをラット脳内で検出したことでモルヒネの生合成経路は完全につながった.さらにこの検討ではラットの飼料,腸管,腸管内バクテリアまでが調査の対象とされたが,モルヒネおよびレチクリンは検出されていない.またそれぞれの前駆物質の変換には哺乳類のもつ既存の酵素で代用できることから内因性モルヒネの存在はほぼ確実になったと考えられる.この内因性モルヒネの生理的役割については不明であるが,Stefano らはさらに新規のオピオイドμ受容体としてμ3受容体をヒト免疫担当細胞や血管内皮細胞において同定しており(J Immunol.2003;170:5118-5123),この受容体の解析がそのヒントになるのではないかと付け加えている.
現在でも体内物質を用いて生合成される未知の生理活性物質が多数存在すると考えられるが,これら分子の同定には遺伝子解析による手法では限界があり,直接抽出・精製するしか方法はないと思われる.近年Akaike らのグループにより発見され,一酸化窒素を介する神経毒性に対する内在性神経保護物質として注目されているセロフェンド酸も,ウシ胎仔血清から精製された生理活性物質である(Proc Natl Acad Sci USA. 2002;99:3288-3293).今後もこのような地道な研究による内因性または内在性生理活性物質の新規同定や未知の合成経路の発見がさらなる医療の発展に大きく貢献すると期待される.
京都薬大・病態生理高田和幸,谷口隆之
oom99038@poppy.kyoto-phu.ac.jp
キーワード:モルヒネ,生合成,哺乳類

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