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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

ヌクレオシドトランスポーターの新しい機能

ヌクレオシドトランスポーター(nucleoside transporters, NTs)はヌクレオシドおよび核酸塩基の細胞膜輸送を担うトランスポーターで,ヌクレオチド生合成のサルベージ経路において重要な役割を果たす.加えて,NTs はアデノシンシグナルの終結に機能するとともに種々の抗腫瘍,抗ウイルス作用を有するヌクレオシド誘導体の標的組織への取り込みに関与し薬物動態学や薬動力学において重要な機能タンパク質である(Oncogene.2003;22:7524-7536).

NT はその輸送形態から受動輸送のプロセスをとる拡散型トランスポーター(equilibrative nucleoside transporter, ENT)と濃縮型トランスポーター(concentrative nucleoside transporter, CNT)に大別される.ENTs は11回細胞膜貫通型タンパク質で種々の組織に広く分布しており,基質特異性に乏しい.nM 濃度のNBMPR で抑制されるENT1とNBMPR 非感受性のENT2の2種類の分子種が知られている.CNTs ファミリーは限られた組織に発現する13回細胞膜貫通型でNa勾配を利用したシンポートシステムを構築している.哺乳動物の主なCNT の3分子種はNBMPR 非感受性である.CNT1はピリミジンヌクレオシドを選択的に輸送し,CNT2はプリンヌクレオシド選択性で,CNT3は基質選択性は低い.

加えて,2種類のNBMPR 感受性CNTs:cs(concentrative sensitive) およびcsg(concentrative, sensitive, and guanosinepreferring)NT が白血球細胞で報告されているがその分子実態は不明である. 目下のところNTs が病因となる疾患はわかっていない. しかし,細胞外アデノシン濃度に対する作用からENT1 阻害薬は種々の生理機能を修飾することができ,治療上有用性を導く可能性がある.ENT1阻害薬が虚血/再還流障害や糸球体腎炎,急性膵炎モデルにおいて重篤な循環器系や中枢性の副作用を伴うことなく,病態を改善することが示されている(日薬理誌.2003;122:121-134).

また,ENT1 はラット脊髄後根の, 層の細胞体に強く発現すること, ENT1の阻害により膠様質でシナプス伝達が強く影響され, ENT1がシナプス伝達の制御に不可欠であることが報告され,疼痛治療への応用の可能性も期待される(J Physiol. 2003;548:507-517). 近年,NTs がcyclic ADP-ribose(cADPR)の細胞膜輸送に関与することがGuida ら(J Biol Chem. 2002;277: 47097-47105)により明らかにされた.cADPR は非骨格筋型リアノジン受容体に作用しIP3とは異なったCa動員系を駆動する.cADPR はβ-NADからADP-ribosyl cyclase により産生され,哺乳動物では細胞膜表面抗原CD38がcyclase 活性をもつ.

CD38はその酵素活性部位を細胞膜の外側に持つecto 型酵素であり,細胞外で産生されたcADPR が如何にして細胞内に運ばれ,Caシグナルの形成に関わるかは重要な問題であった.さらに,cADPR が オートクリンとしてのみならずパラクリン的に作用することが明らかになり,cADPR の細胞膜輸送機構の存在が示唆されていた.Guida らはCOS-7細胞発現系でCNT2がcADPR の細胞膜輸送に関わることを明らかにした.加えて,発現解析,薬理学的解析よりENT2およびcs/csg NT も関与する可能性を示唆した.また,そのキネティックス解析からCNT は細胞外で産生されたcADPR のコンスタントな取り込みに寄与しており,ENT は静止状態ではcADPR の細胞外輸送に寄与していると考えられる.

Partida-Sanchez ら(Nat Med. 2001;7:1209-1216)はCD38を欠く好中球は感染部位に遊走できなくなるため細菌感染を起こし易くなること,この時,細胞内cADPR 濃度の著しい低下とCaシグナルが抑制されることも明らかにした.これらの知見は,CD38により細胞外で産生されたcADPR がNT により細胞内に輸送され,細胞内Ca動態に影響し好中球遊走に寄与することを示唆する.さらに,彼らはヒト好中球および単球でformyl peptide receptor-like1(FPRL1)リガンド(HIV-1 gp120由来HIV-F およびHIV-V3peptide, serum amyloide A(SAA), β-amyloide peptide, prion protein peptide 等)による遊走をcADPR 阻害薬やNAD誘導体が抑制することを示した(J Immunol. 2004;172:1896-1906).

これらの細胞ではFPRL1刺激により産生されたcADPR が遊走能に重要な役割を果たすことが示唆される.NTs によるcADPR の細胞膜輸送活性を変化させることで好中球遊走を修飾することは可能であると考えられる. FPRL1リガンドのいくつかはアミロイドーシス,アルツハイマー病,プリオン病といった疾患に伴って起こる臨床病変と結びつく.これらの細胞がFPRL1リガンドに応答して病的組織で観察される炎症症状に寄与するかもしれないことが推測され,興味深い.

従って,NTs は複雑に入り組んだ刺激伝達機構を解き明かす重要な機能分子であるとともにアルツハイマー病等の神経変性疾患をはじめ歯周病,移植治療,虚血/再還流障害,火傷,アレルギー/喘息,自己免疫疾患等,好中球が関与する炎症が組織損傷の一因となるような疾患の新しい治療薬開発の標的分子として期待される.

広島大院・医歯薬学総合研究科病態探究医科学講座 歯科薬理学
森田克也,土肥敏博

キーワード:ヌクレオシドトランスポーター,環状ADP-リボース
細胞膜輸送, 抗炎症作用

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