アーカイブ

最近の話題 123,375

本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

Na,K-ATPase(Na-Kポンプ)調節機構の新しい展開

多くの動物細胞では,Kの細胞内濃度は細胞外に比べて高く,逆にNaの細胞内濃度は細胞外に比べて低い. このNaとKのイオン勾配を維持するのはNa-Kポンプとよばれる能動輸送系であり,生体の重要な機能の維持に関与している.静止状態の動物ではATP の3分の1はNa-Kポンプによって消費される.

Dr. Skou は,Na-K ポンプの実体がNaとKおよびMgの存在下でATPを加水分解する酵素,Na,K-ATPase であることを明らかにし,ノーベル化学賞を受賞した.Skou の発見以後Na,K-ATPase の反応機構は詳細に研究され,細胞内のATP1分子の加水分解に伴って3分子のNaを細胞内から細胞外へ,2分子のKを細胞外から細胞内へそれぞれ濃度勾配に逆らって輸送することが明らかにされた.

酵素はATP の加水分解に伴うNaとKの輸送の過程でその分子構造とNaとKに対する親和性を変化させる.また,ATP の加水分解の過程において, Na存在下でATP のγ位のリン酸を酵素に結合したリン酸化反応中間体(EP)を形成し,Kはその脱リン酸化を促進する.EP を軸とする反応機構は,その解析に大きく貢献したDr. Post とDr. Albers の名前をとりPost-Albers の反応機構とよばれ,Na,K-ATPase ばかりでなく,H-K-ATPase やCa-ATPase の反応機構にも大きな影響を与えている.

Post-Albers の反応機構からわかるように,生理的環境では細胞内外のATP やNaとK の濃度,さらにはその他の陽,陰イオンがEP 形成や分解の速度に影響して,Na,K-ATPase 活性を調節していると考えられる.1900年代後半までは,Na,K-ATPase の調節に関しては,反応機構そのものに起因する機構が主であったが,最近,興味深い新しい報告が出てきている.一つは,強心配糖体として臨床的にも重要であり,Na, K-ATPase の特異的な阻害薬としても知られているウアバインなどのジギタリス類に関する研究成果である.

ジギタリスの強心作用が心筋のNa,K-ATPase の阻害に基づくという説は多くの薬理学教科書にも記載されているが,モルヒネとその受容体の関係と同様に,植物由来の物質がどうしてNa,K-ATPase の特異的な阻害薬であるのかという点をはじめ不明な点が多かった.しかし,最近,生体内のウアバイン様物質の存在が相次いで報告され,その血中量が塩分摂取量等により調節されていること,またNa,K-ATPase 活性を調節するだけでなく,ホルモン様作用を示すことも明らかにされた(Eur J Biochem. 2002;269:2440-2448,Ann N Y Acad Sci.2003; 986:685-693).

さらには,ウアバインがプロテインキナーゼ,MAP キナーゼおよびCaシグナルなどの細胞内情報伝達系を介して心筋細胞の機能を変化させることを示唆する報告もなされている(Eur J Biochem.2002;269: 2434-2439). 2つ目は,キナーゼとホスファターゼによるNa,K-ATPase 活性の調節である.タンパク質のリン酸化と脱リン酸化による機能の調節に関してはあらためて述べる必要はないが,Na,K-ATPase に関してはキナーゼによるリン酸化とその部位について報告されても活性は影響されないなど,重要な知見に乏しかった.

しかし最近PKA,PKC などのリン酸化によりATPase 活性,ポンプ機能,さらには細胞内での存在状態が変化するなどの報告が増加している(Am J Physiol. 2000;279:C541-566).我々も,チロシンホスファターゼの阻害薬によってNa,K-ATPase 活性が低下することを見出し,研究を進めている.3つ目は,Na,K-ATPase の活性調節タンパク質研究の進展である.以前からNa,K-ATPase の構成サブユニットとしてα,β以外に分子量1万以下のγに関する報告があったが広く認められてはいなかった.

しかし最近,γサブユニットがNa,K-ATPase を調節していること, さらに類似したタンパク質が7種存在することが明らかになり,共通構造からFXYD タンパク質ファミリーとよばれている.これらは,組織特異的にNa,K-ATPase を調節するものと推定され研究が進められている(Genomics. 2000;68:41-56,Ann N Y Acad Sci.2003;986:579-586).

Na,K-ATPase は動物細胞に広く存在し,細胞の体積や浸透圧の調節などの普遍的な機能から,神経や筋肉細胞の興奮性の維持,腎臓における水とナトリウムの再吸収,小腸における糖やアミノ酸の吸収など分化した機能も担っており,薬物の作用点としても大きな可能性を持つ酵素であると考えられる.Na,K-ATPase の調節機構の研究が進むと,新たな薬物の作用点としても期待されると考えられる.

北海道大・院・歯学研・口腔病態学講座 細胞分子薬理学分野 鈴木邦明
e-mail: ksuzuki@den.hokudai.ac.jp

キーワード:ナトリウムポンプ機能調節,ウアバイン,リン酸化

最近の話題 メニュー へ戻る

このページの先頭へ