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江橋節郎賞

第4回江橋節郎賞を受賞して

三品 昌美
東京大学大学院医学系研究科薬理学

江橋節郎先生のお名前を冠した日本薬理学会の賞を受賞し,非常に光栄に存じます.江橋節郎先生が筋収縮の機構を明らかにされ,カルシウムが生体内でシグナル分子として働いていることを見出されてから相当な時間が経ったにもかかわらず,受精から記憶までカルシウムシグナルに関する研究は益々活発になっています.まさしく道を拓かれました.晩年の先生にしかお目にかかっておりませんが,江橋節郎先生が来られると座がぱっと明るくなることを何度も経験しました.最近は乾杯マンだよと言われていたことが昨日のように思い出されます.お酒をこよなく愛され,品の良いジョークと鋭い人物評は定評がありました.お若い頃は研究一筋だったと伺っていますが,IUPHAR東京大会を主催され,さらに会長として国際薬理学会の発展にも尽力されました.München大会でPlenary Lectureをさせて頂いた折には司会の労をお執り頂き恐縮いたしました.IUPHARの理事を務めたCopenhagen大会で2018年大会の開催が日本に決定し,会長や事務局長,各国理事から祝福されたたことで,少しは江橋節郎先生に恩返しできたかなと思っております.

私は京都大学工学部の出身で,工業生化学講座の福井三郎先生の人柄に魅かれて研究室は楽しいところだという感覚で研究の世界に足を踏み入れました.発酵の教室でしたが最初の論文がまとまった頃に代謝制御を追求したいというようなことを言ったら,親しくしておられた沼正作先生の下で修行してこいと,何もわからぬまま俊英が集まっていた医学部医化学教室に送り出されました.その後,遺伝学と分子生物学を学んだ欧州留学中に沼正作先生に呼び戻され,神経科学の研究を始めることになりました.クローニング全盛期が始まる頃でしたが,遺伝子から機能を見る方向に行きたいと希望して神経筋接合部のアセチルコリン受容体の構造と機能に関する研究をさせて頂きました.遺伝子からアセチルコリン受容体機能を発現させることで,必然的に,生理学の久野宗先生(京都大学)やBert Sakmann先生(Max-Planck Institute)に助けて頂くことになりました.生化学や分子生物学の研究が異分野交流に発展しました.単なる共同研究を超えて,生理学の考え方と見方を見聞することができ,生体に対する様々な角度からの見方があることを体験するよい機会となりました.

新潟大学脳研究所にお世話になった折に,神経筋接合部の研究から興味を抱いていた脳の研究へ発展する機会を得ることができました.アセチルコリン受容体の構造と機能を研究した経験を活かし,シナプス可塑性を制御し記憶・学習にもつながると考えられていた中枢のグルタミン酸受容体の研究を始めました.スタートしたばかりの小さな研究室には大き過ぎる望みだったと思いますが,やりたいことをやろう,駄目でも新潟の美味しい魚と酒があると.村建司博士(現新潟大学教授)らと語らったものでした.先輩の先生方から背中を押され,新米教授一年目で提案した重点領域研究が,斬新な構想だったことを評価して頂いたのでしょうか,発足することとなりました.分子から脳高次機能を解明するとの意気込みで,分子生物学,生化学に組織解剖学,電気生理学,心理学,行動科学の専門家に参画して頂く組織にし,結果的に既存の学問分野の壁を取り払う統合型の脳研究が始まりました.NMDA受容体のクローニング,機能発現から遺伝子ノックアウトマウスの作成が順調に進んだ時期とうまく重なり,多くの先生方と一緒に研究させて頂くことにより分子レベルから脳機能を統合的に探求することができました.

東京大学医学部薬理学講座にお世話になり,江橋節郎先生,遠藤實先生をはじめとする多くの先輩の先生方から暖かいご支援を受け,グルタミン酸受容体から脳機能への研究を発展させることができました.NMDA型や我々が発見したδ型のグルタミン酸受容体は生体で記憶・学習に関与するとともに発達期のシナプスの形成や整備に関与することが明らかとなりました.現在は,純粋なC57BL/6遺伝的背景におけるコンディショナルノックアウト法の開発による記憶・学習のシステム制御や分子遺伝学的手法による記憶・学習の分子基盤としての脳のシナプス形成機構の解明に力を注いでいます.脳を構成する膨大な数の神経細胞が形成する無数のシナプスにはそれぞれ個性があり,多様なシグナルを多様な時間経過で伝えていることが分子レベルから垣間みることができるようになりました.シナプス形成因子として新たに見出した分子に精神遅滞や自閉症に関与する分子があり,脳の発達障害の理解にも貢献できるものと期待しています.脳研究に携わることにより,情報理論,ロボティクス,臨床,心理学,サル学,哲学の先生方のお話を伺うことができ,脳と心,さらには人とはという根源的な問いかけにも触れる機会を得たことは幸運だったと思っております.

(Masayoshi Mishina)

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