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江橋節郎賞

第5回江橋節郎賞を受賞して

成宮  周
京都大学大学院医学研究科神経・細胞薬理学

今回,世界の生命科学の大先達である江橋先生のお名前を冠した賞を受賞させて頂き,たいへん光栄に感じております.江橋先生には生前何度かお目にかかりましたが,先生が来られるといつでも周囲が明るく活気づいたのを思い出します.研究は,人,モノ,アイディアとの出会いだと思います.この小文では,今回の受賞の対象となった私の研究「プロスタグランジン受容体と低分子量 Gタンパク質 Rhoの研究」での出会いを綴ってみようと思います.

 

私は,大学院は早石修先生の京都大学医化学教室で核酸,タンパク質,脂質などの取り扱いを学びました.早石研での出会いはモノとの出会いでした.大学院修了後,英国の Wellcome研究所の Sir John Vaneのもとに留学しました.John Vaneは言うまでもなく蛇毒のキニン活性化機構の解析から ACE阻害薬の開発に関わり,アスピリンの作用機構を解明し,プロスタサイクリン( prostacyclin)を見出すなど,様々な発見を成し遂げましたが,私の興味は彼がどうして次々と大発見を行えたかにありました.そこで学んだことは,彼の発見が既知の生理活性物質を阻害薬でブロックした上で様々な平滑筋のバイオアッセイ( bioassay)で新規活性を探索することにあること,薬理学とは薬物を用いて生体をディセクト(dissect)し,そこで働いているメカニズム,分子,概念を明らかにし,それに対して新規薬物を創成して,次の解析に向かうというダイナミック( dynamic)な学問だということでした.これが薬理学,薬理学的手法との出会いでした.

留学後,早石研に戻りましたが,早石先生が退官されたあと,私が興味をもったのがトロンボキサン A2(TXA2)の作用機構です. TXA2は極めて不安定でありながら,強い血小板活性化作用を有し血栓症の原因物質と言われていました.そのことから,日本でも TXA2アンタゴニストの開発研究が行われていました.私は,大学院生の牛首文隆くん(現,旭川医大教授)と一緒に,それらをリガンドとして用い結合タンパク質をヒト血小板より精製,精製タンパク質の部分アミノ酸配列をもとにクローニングしました.その結果,この分子が TXA2受容体そのものであることが明らかになりました.ついで,京大薬学部の市川厚教授と杉本幸彦くん(現在,熊本大学薬学研究科教授)らと一緒にその他の PGに対する 7つの受容体のクローニングを行いました.幸い, TXA2受容体のクローニングは PG受容体研究に大きなインパクトを与え,それまで年間数十報であったこの分野の論文数が,発表年から数百に増え,現在では年間 900前後で推移しています.その間,私たちは,小野薬品と共同で受容体タイプ・サブタイプ特異的なアゴニスト/アンタゴニストの開発を行うとともに,8種の受容体各々の遺伝子欠損マウスを作出し,これらを用いて各受容体の生理,病態生理での役割を明らかにしてきました.この中には PGの慢性炎症での働きやストレス行動制御など PGの新しい役割もあります.

私たちのもう一つの研究が低分子量 Gタンパク質 Rhoの研究です.これは,早石研でのジフテリア毒素によるタンパク質伸張因子の ADPリボシル化の発見が端緒になっています.その後,コレラ毒素による Gsの ADPリボシル化,百日咳毒素による Giの ADPリボシル化の発見が続き,ADPリボシル化毒素を用いた生体機能の解析の有用性が示されていました.私は,当時奈良医大の助手であった大橋康広くんと一緒にボツリヌス菌ろ液をスクリーニングし,分子量 21 Kのタンパク質を ADPリボシル化する新規酵素を見つけました.これが現在 C3酵素として知られているものです.ついで,研究員の森井成人くんが基質タンパク質を精製し,これが Rhoという低分子量 Gタンパク質であることが分かりました.これらの研究が基となり Rhoがストレスファイバーなどアクチン細胞骨格の制御を行っていることが明らかとなりました.私たちはついで,Rhoの下流で働くいくつかのエフェクター分子を単離しました.その中には,石崎敏理くん(現,教室准教授)が同定した ROCK,渡邊直樹くん(現,東北大学教授)が同定した mDiaがあります.その後の解析から, Rhoの下流で mDiaが単量体アクチンを重合しアクチン線維を作ること,こうしてできたアクチン線維を ROCKがミオシンを活性化してアクトミオシンに束ねることが明らかになりました.また,mDiaや ROCKが個体で様々な働きをしていることも明らかになりました.とくに ROCKの個体機能の解明には旧吉富製薬の上畑雅義さんと行った ROCK特異的阻害薬 Y-27632の発見が大きな寄与をなしています.江橋先生は, Albert Szent-Gyorgiの“Chemistry of Muscle Contraction”という名著を読まれて,筋収縮研究を志され,筋収縮におけるカルシウムの役割という大発見をされました.Szent-Gyorgyiは,アクチン(actin)の発見者で命名者でもあります.この意味で,私の Rho研究がこれら大先達の研究に繋がるものであることをうれしく思っています.

私の 2つの研究は,極めて多数の共同研究者によってなされたものであり,最後にすべての共同研究者に謝意を表して稿を終えたいと思います.

(Shuh Narumiya)

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