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江橋節郎賞

第6回江橋節郎賞を受賞して

飯野 正光
東京大学大学院医学系研究科細胞分子薬理学

江橋節郎先生は,研究環境の整備がまだ十分ではなかった戦後まもない時代に, Ca2+による筋収縮制御機構を明らかにするという歴史的業績を挙げられました. Ca2+制御は必ずしもすぐに広く受け入れられたわけではなく,「筋収縮という生命の根源に関わる機能が無機イオンなどによって制御されるはずがない」という当時の学会のドグマをはねのけて成し遂げられた業績でもあります.このように日本が世界に誇る傑出した研究者に因んで創成された賞を受賞することができたことは身に余る光栄です.

私は東北大学医学部を卒業後,直ちに江橋門下の遠藤實先生のもとで大学院生として研究を開始しました.心臓の機能制御に関心があり,横紋筋の収縮機構について基礎医学研究の研鑽を積みたいと考えていました.臨床医学に進む道を排除していた訳ではありませんでしたが,遠藤研の学究的な雰囲気に触れて啓発され,基礎医学の道を歩み続けることを決意しました.当時,遠藤研の主たる研究手法はスキンドファイバーという,骨格筋線維の細胞膜を剥き去って細胞内小器官の機能解析を行う標本でした.同等の実験法を平滑筋細胞にも適用できるようになったのをきっかけとして,平滑筋細胞での研究も開始しました.その後,骨格筋と平滑筋を行き来して, Ca2+制御機構に関する研究を進めました.

平滑筋における細胞内 Ca2+放出機構を研究していたころ,膵外分泌腺細胞でイノシトール三リン酸( IP3)による Ca2+放出機構が Berridgeらにより発見されました.同様の機構が平滑筋にも存在するか確認実験を行ったところ, IP3濃度をいくら上げても Ca2+放出作用は認められませんでした.平滑筋にはこの機構が存在しないと結論しかけたとき, IP3と同時に微量の Ca2+を加えると著明な Ca2+放出が見られることを偶然発見しました.これは, IP3による Ca2+放出機構に Ca2+依存性があり,よって Ca2+放出による Ca2+濃度上昇がさらに Ca2+放出を促進する「自己再生産的」な性質があることを示していました.その後の研究でこの性質が Ca2+ウェーブやオシレーションなどの細胞内 Ca2+動態形成の基本機構であることが明らかになり,教科書にも記載されるようになりました.

Ca2+放出に自己再生産的な性質があるため,アゴニスト刺激に対して単離した平滑筋細胞は「全か無」の Ca2+応答をすることを見いだしました.この発見に基づき,平滑筋組織レベルではアゴニスト濃度に対して漸増的な反応でも,個々の細胞は全か無の反応をしているという仮説を提唱したところ,実際に見ていないのにありそうもないことを言うべきでないと,学会から強い反発を受けました.これに発奮して,血管組織で交感神経刺激に対する血管平滑筋の Ca2+イメージングを行ったところ,提案した仮説が正しかったことが証明されました.このことを通して,イメージング法の解析力の高さを実感することになりました.

私が Ca2+機構研究を開始した頃, Ca2+により制御される細胞機能は筋収縮や開口放出や糖代謝酵素活性などごく限られたものでしたが,その後急速に Ca2+が関与する細胞機能の種類が増加し,現在では記憶・学習や免疫応答,受精から細胞死まで,実に多様な細胞機能が Ca2+により制御されていることがわかってきました.しかし,まだすべてが明らかになったわけではなく, Ca2+が制御する未知機能が多数残されていると考えています.そのような未知機能を,特に脳において解明したいと考えて研究を進めてきました.その際,独自性の高い研究成果をめざし,イメージング法を開発・応用して解析力を高めることを心がけてきました.その結果,様々な脳機能を明らかにすることができました.後シナプスの代謝型グルタミン酸受容体を介する Ca2+シグナルは,シナプス機能を維持する機構に関与していることが明らかになりました.また,中枢神経細胞で一酸化窒素(NO)がリアノジン受容体を活性化して Ca2+放出を行うという機構を明らかにしました.これは,虚血などに伴う NOによる神経細胞死との関連が推測されています.また,アストロサイトの Ca2+シグナルが,脳傷害に伴う活性化アストログリオーシスに関連していることも分かってきました.

以上の成果は,多くの研究者との共同作業で得られたものであり,この場を借りて感謝の意を表したいと思います.私たちの研究は,細胞のスイッチとしての Ca2+の機能に関し,その地平を拡大し,メカニズムを明らかにするという極めて基礎的なものです.しかし,その成果は新たな治療標的の同定につながると期待できます.研究成果が基礎的であるほど,臨床との関連は必ずあるという信念のもと,さらに研究に精進したいと考えています.

(Masamitsu Iino)

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