お知らせ
トップ >日本薬理学会の賞 > 江橋節郎賞 > 第7回江橋節郎賞を受賞して

江橋節郎賞

第7回江橋節郎賞を受賞して

金井 好克
大阪大学大学院医学系研究科 生体システム薬理学

このたびは江橋節郎賞受賞の栄誉を賜り,誠に光栄に存じます.このような身に余る賞をいただき,感謝の念に堪えません.

トランスポーターの研究は,20世紀の初頭に生体内の物質の動きの現象論から始まり,その後の生理学,生化学の長い研究の蓄積により,1970年代には物質基盤に基づくトランスポーターの概念が確立されました.cDNAクローニングによりトランスポーターの分子の実体が明らかにされていくのは,1980年代の中頃からとなりますが,1990年代に入ると分子クローニング技術の汎用化にともない,15年ほど続くクローニングラッシュが始まります.これは,新しい分子をみつけること自体に大きな価値が認められた時代であり,1世紀に及ぶこの分野の成果を摘み取ることで,個人が投入した労力以上に大きな成果を得られる時代でもありました.

私は,ちょうどその頃この分野に入り,アミノ酸,糖,有機酸等のトランスポーターの分子同定に携わり,発現クローニングによって新しいファミリーを探していく巡り合わせとなりました.トランスポーターの発現クローニングも初期の頃は扱いやすいものを対象としていましたが,そのうち困難な課題が残され,アミノ酸トランスポーターにおいては,1回膜貫通型タンパク質とジスルフィド結合を介してヘテロ二量体を形成することで機能するヘテロ二量体型トランスポーターを見いだし,遅れていたアミノ酸トランスポーターの分子実体解明を加速することができました.新しい化合物を合成したことでその作用を指標にみつかった新しいファミリーや,ゲノム概要配列情報をもとにin silicoのポジショナルクローニングで見つかったものや,メタボロミクスで機能を特定したものなど,その時代時代で使い得る技術と素材を動員して,様々なトランスポーター分子に出会えることができたと思っています.

トランスポーターは,生体膜上に存在することで,生体内の各区画の物質分布の決定に寄与していますので,薬物によってその活性を制御することにより,体内の物質分布を変更することができます.特に,腎尿細管の無機イオンや有機化合物の再吸収や分泌を担うトランスポーターに作用する薬物は,病態に伴って異常となった恒常性を正常に戻すために使用する治療薬となり得ます.例えば利尿薬や尿酸排泄薬がこれに当たります.さらに,1994年に分子同定した尿細管のグルコース再吸収を担うSGLT2の阻害薬が,再吸収を抑えることで血糖値を下げる新たな作用機序の糖尿病治療薬として完成しました.これと同じアイデアで,分子実体の明らかにされた様々な尿細管トランスポーターを標的として,新たな創薬が可能となるものと期待されます.また,トランスポーターを標的とした創薬としては,例えば腫瘍細胞のような病態形成を担う細胞の活性を維持するトランスポーターも標的となり得ます.この観点から,現在悪性腫瘍のアミノ酸トランスポーターの阻害薬の研究を進めています.

最後に,ご指導いただきました先生方と長年苦労をともにしてきた共同研究者の方々にこの場を借りてお礼を述べさせていただきますとともに,酵素,受容体,イオンチャネルに続き,トランスポーターの創薬標的としての意義が高まってきているこの時期に,トランスポーター研究に栄誉ある賞を賜りましたことに心より感謝申し上げます.

(Yoshikatsu Kanai)

このページの先頭へ