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江橋節郎賞

第8回江橋節郎賞を受賞して

貝淵 弘三
名古屋大学大学院医学系研究科神経情報薬理学講座

この度第8回の江橋節郎賞を受賞し大変光栄に存じます.最初に,私と江橋先生のご縁について少しご紹介したいと思います.私は1980年に神戸大学医学部を卒業し,西塚泰美先生の生化学教室で大学院生活を送りました.西塚研究室ではC-キナーゼがジアシルグリセロールとカルシウムイオンによって活性化されることが明らかになった頃でした.当然,カルシウムイオンの研究で名高い江橋先生のご業績はよく存じあげていました.江橋先生のお名前をさらに強く印象づけたのは,1984年に朝日新聞に掲載された柿内史郎先生への追悼記事でした.その真情溢れる文章を読み,江橋先生が学者として超一流であるだけでなく,人として素晴らしい方だと理解できました.その後,江橋先生とゆっくりお話ができたのは,1999年に私が名古屋大学医学部の薬理学講座に赴任することが決まった直後でした.国際会議の会期中に突然呼び出され,「貝淵さん.名大医学部には薬理学講座が一つしかありません.是非入会して薬理学会に貢献してください」と言われたことを昨日のことのように覚えています.そのような経緯で私は薬理学会に入会し,現在に至るまでお世話になっております.

私は1987年にアメリカ留学から帰国し,神戸大学の高井義美先生の研究室に助手としてお世話になりました.その後,RasやRhoなどの低分子量Gタンパク質の研究を手がけました.高井研究室では,1992年にRhoが平滑筋収縮のカルシウム感受性を増加させて,収縮を促進することを見出しました.しかしながら,その作用機序はしばらく謎のままでした.私は,1994年に奈良先端科学技術大学院大学に教授として赴任しました.幸い,1996年にRhoの標的タンパク質としてRho-キナーゼを見出しました.直後に,Rho-キナーゼがミオシン脱リン酸化酵素のミオシン結合サブユニット(MYPT1)をリン酸化し,脱リン酸化酵素活性を抑制することで,ミオシン軽鎖のリン酸化を促進し,平滑筋収縮を亢進させることを明らかにしました.このメカニズムは平滑筋のみならず,線虫から人まで多種多様な細胞の収縮性を制御しています.その後の私達や他の研究者の解析で,Rho-キナーゼが脳血管攣縮,肺高血圧,喘息,緑内障,神経の軸索再生障害などの多くの病態に関与していることが明らかになっています.Rho-キナーゼの阻害薬のファスジルが,くも膜下出血後の脳血管攣縮の治療薬として既に使われており,最近,緑内障の治療薬として同様の阻害剤リパスジルが市場に出てきました.

その後,私達はRho-キナーゼの基質タンパク質の同定を進め,AdducinやEzrin/Radixin/Moesinをリン酸化してアクチン細胞骨格を,Par3をリン酸化して細胞極性を,CRMP-2をリン酸化して軸索の退縮を制御することを見出してきました.しかしながら,10年ほど前からRho-キナーゼの基質を今までの方法で同定することに限界を感じ始めました.これは,C-キナーゼの研究にも当てはまりますが,リン酸化酵素の機能を明らかにするには基質を同定しなければなりません.ヒトには518種類のリン酸化酵素(うち90種類はチロシンリン酸化酵素)が存在すると言われています.近年の質量分析技術の進化はめざましく,約20万のリン酸化部位が同定されています.約2万種類のタンパク質が存在しますので,平均10箇所の部位がリン酸化されていると考えられます.また,単純に計算すると1種類のリン酸化酵素が約400箇所をリン酸化することになります.殆どのリン酸化酵素の基質が網羅的に同定されておらず,そのため大多数のリン酸化酵素の生理機能はよくわかっていません.そこで,私達は発想を変え,リン酸化酵素特異的な基質を同定する方法の開発に着手しました.

最近,ようやくその成果を幾つか発表することができました.ひとつは,リン酸化酵素と基質の直接結合を利用して基質とそのリン酸化部位を同定する方法で,kinase-interacting substrate screening(KISS)と命名しています.リン酸化酵素をビーズに固相化し,細胞抽出液と混合して酵素-基質複合体を一過性に生じさせ,ATPを加えリン酸化反応を起こしそのまま質量分析で基質とそのリン酸化部位を一気に同定するという方法です.今一つは,in vivoでタンパク質のリン酸化を誘導した後に,14-3-3などのリン酸化タンパク質結合タンパク質を固相化したビーズでリン酸化タンパク質を濃縮して,シグナル関係のリン酸化基質とそのリン酸化部位を決定する方法でkinase-oriented substrate screening(KIOSS)と命名しています.これらの方法は強力で,一度に目的とするリン酸化酵素の基質が100種類以上同定できます.現在,私達は脳科学研究戦略推進プログラム(Strategic Research Program for Brain Sciences:SRPBS)の支援を受けこれらの方法を駆使してドパミンなどのモノアミンの下流で,A-キナーゼやMAP-キナーゼによってリン酸化される基質を網羅的に同定し,データベース化しています(kinase-associated neural phospho signaling:KANPHOS).データベースは来春には一般公開する予定です(https://srpbsg01.unit.oist.jp).ここで得られつつある基盤情報がパーキンソン病や統合失調症,うつ病などの精神・神経疾患の病態解明と治療法の開発に役立つことを祈っています.

最後に,これまでの成果はすべて多くの共同研究者との共同作業で得られたものです.この場を借りて深く謝意を表したいと思います.

(Kozo Kaibuchi)

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