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学会員の著書紹介:くすりの種探し-血管内皮と病気-

くすりの種探し-血管内皮と病気-

分子神経薬理学臨床神経科学の基礎眞崎知生(著)

2940円(税込)
2004年7月20日
講談社サイエンティフィク
ISBN4-06-153676-1
日薬理誌124,367(2004)

書評

本書では「くすりの種探し」という平易なタイトルとは裏腹に,循環器薬理学における創薬の過去・現在・未来の課題を中心に創薬科学における薬理学の位置づけが論理的にかつ熱意を込めて語られる.圧巻はなんと言っても第5章「エンドセリンの発見」である.エンドセリンとLOX-1の発見者グループのリーダーである著者による,血液循環の発見から内皮細胞の循環調節における意義の確立とその障害と疾患の関係,血管内皮由来弛緩因子の発見,エンドセリンの発見から動脈硬化の機序解明,江橋節郎のカルシウム説にいたる中間部はすばらしい.この著者のみが書ける実体験に基づいた記述であるだけにその臨場感と迫力は圧倒的である.ことにエンドセリンの発見とそれにひき続き真崎グループのメンバーが国際的にリーダーシップをとり研究を展開させてゆく過程は,さながらプロジェクトX の語り口を彷彿とさせるテンポのよい名文章で息をつく暇も与えない.

現代の薬理学が創薬にどのように寄与できるのかが議論されてから久しいが,創薬科学における薬理学の位置づけが明らかにされているとは言いがたい.創薬というと,どうしてもセレンディピティ(偶然の発見をする能力)が全面にでてくる.薬理学的実験に基づく堅実な科学的努力の積みかさねと創薬の関連性のなかで,セレンディピティを位置づけることはなかなかむずかしい.さらに最近ゲノム創薬が今後の進むべき道として示され,トランスレーショナルリサーチのゴールのひとつとして,国家レベルでも莫大な研究費が惜しみなくつぎ込まれている.クラシカル創薬のやり方は過去のものとして捨て去られざるを得ないのか,ゲノム創薬においてクラシカル薬理学はどのような役割を演じられるのか,これらの問題は現在の薬理学のもっとも重要な課題である.

最近の40年のあいだに起こった循環器治療薬開発の著しい変革期を身をもって体験してきた著者が,創薬において薬理学の演じてきた役わりを分析し,薬理学のアイデンティティの確立に真正面から取りくみ,その進むべき道に明快な方向性を示す.著者はこの間の動向を「今振り返ると,当時は新しい薬の開発体制の変革期で,新しい概念の薬が次々と生まれる時期であった.」それは「このころから化学的な手法で新薬を創り出す「創薬」が可能になったからである.」と捉える.さらに「血管系の医薬品には有効なものが多く開発されてきたので,これ以上に優れた医薬品の生まれる可能性は少ないとも思われている.」と創薬の将来に対する危惧と警鐘を述べることも忘れない.

本書では全11章を通じて薬の歴史と重要な創薬がなされた背景,循環器疾患治療薬と病態生理,ゲノム創薬,薬の安全性とそれを確立し信頼性の高い創薬を進めるためになされなければならない細心の注意の必要性が流れるように記述される.前半の4分の1では,薬の歴史と創薬の変遷のなかで薬理学の演じてきた役わりが要領よくまとめられている.後半の4分の1では,ゲノム創薬の基本的な考え方,ストラテジーと問題点が述べられ,薬の安全性についての慎重な検討のなかで薬理学の演じるべき役わりの重要性が強調される.「忘れてならないのは,医薬品は生体にとって異物であり,副作用のないものはないことである.そして,医薬品の承認の可否はある条件の対象患者についてある特定の用法・用量で投与して得られた有効性および安全性の成績をもとに,その候補物質のリスクとベネフィットのバランスのうえに判断されていることも忘れてはならない.」

薬理学とはどのような学問なのであろうか?「薬理学は創薬科学そのものではなく,創薬科学を支える学問である.」「薬理学者は自らのアイデンティティを確立し,その領域の生命科学の進展に努力すべきだ.創薬科学に対する薬理学の貢献で一番重要な仕事は,生体の生理機能や病態を明らかにし,疾病の治療のための薬物の新しい標的を明らかにすることである.」それが達成されれば,結果として「くすりの種探し」の標的の確立につながってゆく.

本書は一般読者を対象として,講談社サイエンティフィクから出版された.しかし内容は高度なものであり,薬理学会の会員および創薬周辺の仕事に従事している方々,実際に患者に薬の投与を行う医師,薬剤師を含む周辺分野の方々に是非とも一読を勧めたい.

遠藤政夫(山形大学医学部循環薬理学)

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