アーカイブ
TOP > 学会員の著書紹介 >創薬の狩人 -新薬創製への道-

学会員の著書紹介

創薬の狩人 -新薬創製への道-

境 一成 著

共立出版式会社
ISBN 4-320-05499-7
本体 3,000円
刊行年 2000年11月

新薬の芽の段階から一貫して研究開発に携わり、国際開発、製品育成研究を体験した研究者が綴る初めての”創薬ハンターの物語。

主要目次

第1章 創薬の狩人(ハンター)の登場
第2章 創薬に着手するには
第3章 新薬創製を妨げようとする障壁をいかに克服するか
第4章 逆転の発想
第5章 我が国の代表的な創薬の具体例
第6章 ニコランジルの創製
第7章 薬はどのようにして世に出るか
第8章 治療体系
第9章 人間の身体の仕組み
第10章 創薬ハンターとしての心構え

書評

 創薬と言う言葉はこの数年,非常に多用されており,ゲノム時代においては,薬物開発に新しい局面を与える印象を与えている.しかし受容体の構造やその他の薬物作用点が分子レベルで解明されても,実際に薬物を合成し,選択し,開発の決定をして臨床的に使われるようになるのが,未だ難しいのは衆知の事実でもある.

 境氏は私の同門で,東北大学医学部の薬理学教室で研究生活を送ったことがあるので,個人的に良く知っているが,中外製薬という企業で,循環系の薬物の開発を行い,ニコランジルというわが国が誇る世界に通用する薬物を成功に導いた経験や苦労がどのような物であったかが,この本で初めて知ることが出来た事柄もあり,興味を持って読めた本である.

 薬物を多くの化合物の中から選び出し,新薬にするプロセスは我々大学にいるものよりは,製薬企業の研究者が,経済原理の元で懸命に考えているはずである.一般論的な創薬の手順,研究環境など前半の部分は薬学部,理学部,農学部などの学部学生,大学院生などには役立つかもしれないが,実際の研究者にあまり役立つとは思えない.作者が序章に述べているように,製薬企業では多検体同時合成法や高速多検体合成法などで薬物候補の合成は出来ても,リード化合物を決定するのは,経験豊かな研究者の鋭い目と直感であるし,薬理学的な実験手技による正確な評価は以前に増して重要性が高まっている.

 東北大学でのイヌを中心にしたin vivo の実験法を習熟し,そこでの臓器交叉潅流法の実験から,ラットでの小動物にも臓器交叉潅流法を開発した苦労話は,新しい知見が新しい実験法の開発とともにもたらされる良い例を示している.そこでの従来と違う反応が,結局筆者等のニコランジル開発に結びついた個別のエピソードは面白く,また若い研究者の役にたつであろう.

 ニコランジルは,東京大学内科の内田康美先生のイヌを用いた狭心症モデルでの実験の開発を通して,内田先生が薬効のコンビネーションを,ニトログリセリンで血圧を下げない薬物ならば狭心症に効くはずだという信念に基づきニトロ化合物の誘導体を作る考えを提案され,その考えを具体化すべく中外製薬にいた筆者等が努力した結果生まれた薬物である.

 最近スコットランドを中心とした臨床試験(IONA study)で,抗狭心症治療に上乗せをしたニコランジルが心血管病死の減少に有効で,未だ充分な解析は発表されてないが,不整脈などにも有効であったことが発表された.狭心症治療薬については狭心痛や運動耐応能の増加など生活の質を向上することは認められていても,長期予後を改善するという証明がされているものは少ないので,今後注目されるであろう.

 日本人のような動脈硬化を伴う狭心症よりも,スパズムを中心とした狭心症が多い病態でも,ニコランジルが予後の改善に結びつくかの証明がされるかは分からないが,新たな臨床上の興味が増している.狭心症の薬物としては発売以来時間がたっており,新薬とは言いがたい地位にあり,すでに外国語の教科書にも記述されているが,実際にはニコランジルが新しいカリウムチャネルを開く薬としてのカテゴリーを開拓させたものであり,改めて開発の経緯をたどるにも,この本は有用な書物である.

 それ以外にも,この本は読みものとして,実際の苦労話が随所に示されており,筆者の人柄を知るものとして一気に読める物になっている.普通,終章はまとめで短いものであろうが,境氏の個人歴として,研究者としてニコランジルを世に出したという表向きの顔でもなければ,空手の達人の威丈夫と言った外見でもない,努力と信念と運に恵まれ,また良い師に出会ったことを感謝している真摯な研究者の姿が浮かび上がって,今後も活躍をしてほしいなという気持ちにさせられる.

(山梨医大・薬理橋本敬太郎)

このページの先頭へ