学会員の著書紹介
楽しい薬理学
岡部 進 著
南山堂
ISBN 4-525-72031-x
本体 3,500円
刊行年 2001年9月
主要目次
第1章 「セレンディピティ」物語
第2章 薬理学の「理」の意味
第3章 -logを付けた学者の人生
第4章 毒薬と大陸移動説
第5章 神経伝達物質-夢の中での発見
第6章 ギリシャ神話とくすり
第7章 ニトログリセリン物語
第8章 ブラック博士の栄光と挫折
第9章 アスピリン物語
第10章 ペルシャの暗殺者
第11章 人間「ロシアンルーレット」
第12章 アメリカの発見、ピル
書評
薬理学の講義をする際に,私がいつも心を砕き考慮していることは,「新薬の創製,薬物の治療作用や生体の謎の解明の研究に薬理学がどれだけ重要であるか」ということとともに,「薬の勉強や研究がどれほどおもしろいものか」を,どのようにして学生に伝えられるかということである.その事は,薬理学担当教員として,学生が薬理学に関心をもち自発的,積極的に勉強し,それをベースに生命科学・創薬科学の第一線の研究者や指導的医療従事者に育っていって欲しい,そして学生時代に学んだ薬理学が将来にわたって,彼らの研究に役立って欲しいという一念からである.一方,私は薬学部新入生対象の「薬学概論」の講義も担当している.新入生に対し,入学初期に行う「薬」や「薬学」の重要性とおもしろさを理解させる入門講義である.ここでの動機づけは,以後次々と展開される薬学専門科目の履修の成否を左右する程重要といってよい.ここで「薬」の発見にまつわる興味深い話を,まだほとんど白紙状態の彼らに説き,その中から薬学に対する学習意欲を引き出したいという目的もある.オーソドックスな薬理学の講義として,総論では,厳しい論理に基づいた生命科学,客観的証拠に裏付けられた実験科学,画期的な新薬開発に必要な創薬科学,そしてヒトの疾患の薬物療法の核となる医療科学としての薬理学について,概念,歴史,分類などを講義し,また薬物各論においては,その化学構造,薬理作用機序,適応疾患,治療作用や副作用,生体内代謝など,必要事項を取り扱っている.これに加えて私は,もし資料があれば総論では典型的な薬物のいくつかについて,また各論でも当該薬物について,その発見の経緯,動機など,発見の背後に隠された数々のエピソードについて,時間の許す範囲内でぜひ触れたいと考えている.学生が薬物にまつわる興味深いエピソードを知る事によって,それまでは親近感をもっていなかった薬物についても興味が湧き出て,もっと深く学習したいという意欲を増すであろう,そしてまた講義の内容が素通りする事なく,教育効果も上がるであろうと信じている.
今回紹介させて頂く岡部進教授著「楽しい薬理学-セレンディピティー」では,各種の薬物について,その歴史の中に散りばめられた珠玉のエピソードの数々が物語性豊かに記述されている.そのエピソードの一つ一つにぐいぐいと引き込まれていき,興味深く,楽しく読んでいて,気がついてみたら薬理学の勉強をしているという具合である.楽しく学ぶという好ましい,そして理想的といってもよい学習法がここにあると言える.
本書は12章から成っている.第1章は「セレンディピティ」物語,第2章「薬理学の「理」の意味」,第3章「-log を付けた学者の人生」,第4章「毒薬と大陸移動説」,第5章「神経伝達物質」,第6章「ギリシャ神話と薬」,第7章「ニトログリセリン物語」,第8章「ブラック博士の栄光と挫折」,第9章「アスピリン物語」,第10章「ペルシャの暗殺者」,第11章「人間「ロシアン・ルーレット」」,そして第12章「アメリカの発見,ピル」と多彩な内容である.このように12章にわたって,薬に関わるエピソードに関し,洋の東西を問わず,古代ギリシャから現代まで歴史を貫き通し,また人文,社会,自然科学を包含・融合し,筆は小気味よく縦横無尽に躍動する.それが「楽しい薬理学-セレンディピティ」である.
著者の岡部進教授は,研究に,教育に,国内外で活躍しておられる.その多忙を極められる中で,構想を練られ,資料を収集され,本書を執筆されたことに敬意を表したい.本書は,該博精緻な岡部教授の叡智の産物であるといえる.以上,記したように本書は,薬理学,そして薬理学関連科目が重要な位置を占める学部(医学,歯学,薬学,獣医学,看護学など)における教育者,研究者,学生,ならびに医療従事者,さらに医療に関心をもつ人々にもぜひ一読をお勧めしたい書物である.
本書によって,読者は楽しく「薬」を知り,「薬」に魅せられ,「薬」に夢をもち,そして「薬」とともに心豊かになるだろう.
北海道大学大学院薬学研究科薬理学分野 野村靖幸